2026/05/03

今月の聖句

5月の聖句

希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。

新約聖書・ローマの信徒への手紙 第15章13節

 希望という言葉を聞くと、前向きな力強い響きがあります。その通りです。けれども、聖書が記された時代、恐らく「希望」には、今のような言葉のニュアンスはなかったように思います。ギリシャ神話でも有名な「パンドラの箱」の中には、あらゆる厄災として最後に残ったものが「希望」であると言われます。まるで、希望は災いや悪いものの一つであるかのようにさえ考えられます。なぜなら、未来に期待しても、将来の可能性を信じても、それが偽りなら叶わないならば、希望は持たない方がいいからです。
 しかし、聖書は、ローマの信徒への手紙を書いた伝道者パウロは、希望が決して厄災でも、無駄なものでもないことを力強く語ります。「希望の源である神が」と、主語は聖書が証しするイエス・キリストを死者の中から復活させられた主なる神です。その神が、私たちを救い必ず約束を果たされる方が、希望の源なのです。希望は信じることによって、希望がもつ喜びや平和(平安)を深く感じられるものになります。主なる神さまへの信頼が、希望がもつ前向きな力強さを私たちに与えるのです。そして、大事なことは、神による希望は私たちが願ったり、想像したりしているもの以上の出来事を与えるということです。
 新年度が始まり1カ月が過ぎました。5月の連休で疲れを取りつつ、連休が明けると学年行事が続きます。希望に満ち溢れて少し張り切り過ぎた4月からの生活をどのように「日常」として平安に過ごせるでしょうか。希望はエネルギーに溢れるものですが、私たちが日々そこにあるものとして感じられることが大事です。2000年間、キリスト教会は希望をもって歩んできました。その歩みの中に英和もあります。今年度は教会の始まりペンテコステは、5月です。争いが止まない世界に目を向けながらも、私たちの毎日が希望ある日常であるために、御言葉によって新しい希望を思い起こしたいものです。