2025/11/26
キリスト教教育
生徒礼拝
今朝は高3による生徒礼拝が行われました。
生徒礼拝は、司会、お話、奏楽を生徒が担当します。
中高生活で得たもの、感じたことについて、後輩たちに思いを伝える場でもあります。
聖書の箇所は「箴言」3章5、6節。
「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず 常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば 主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」
以下は生徒によるお話の内容です。
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今日、このような機会を与えてくださったことに心から感謝します。転校生の私が大講堂の壇上で、皆さんの前で話す日が来るなんて、正直思ってもいませんでしたが、今ここに立っていること自体が、神様の導きの現れなのだと感じています。まだクリスチャンとしても英和生としても未熟な私の話ですが、最後まで聞いていただけると嬉しいです。
私は高校2年生になる春、東京に引っ越してきました。父の転勤の知らせを聞いたとき、心の中に広がったのは期待よりも不安でした。友達や慣れた場所から離れること、そして新しい土地で一から交友関係を築き生活すること、その全てが怖く、現実を受け止めたくありませんでした。一人で残ることも考えましたが、高校生で家族と離れて暮らすことは辛く、一緒に引っ越すことに決めました。転校先を探す中でも、カリキュラムの違いが理由でなかなか学校が見つからず、不安な日々を過ごしていました。そんな私を見て、母や通っていた教会の方々が「大丈夫。神様はきっと道を用意してくれているよ。」と言って、私のために祈ってくれました。その祈りの言葉が、不思議と私に平安を与えてくれました。「神様が本当に私のことを見ていてくださるなら、きっとこの引っ越しに意味があるんだ。」と思い直すことができたのです。すると自分でも予想しなかったスピードで英和への転入が決まりました。
初めて登校した日のことは、1年以上たった今でも鮮明に覚えています。何度結び直しても不格好なネクタイ、真新しい制服を身にまとい、不安な気持ちで学校に向かいました。教室に入ると、女子校という新しい環境で何もかもが違って見え、緊張でうまく話すことができませんでしたが、笑顔で迎え入れ、話しかけてくれたクラスメイトや、気にかけてくださった先生方の優しさに、英和の隣人愛の精神を感じて心が温かくなりました。そしていつの間にかに信頼できる大好きな友人に囲まれて、今は本当に楽しい学校生活を過ごしています。はじめに感じていた緊張や不安を思い返すと、今のこの日常がどれほど恵みであるかを実感します。
私は小さい頃から教会に通っていましたが、当時の私は、神様のことを「知っている」だけで、信仰を自分のこととして深く考えたことはありませんでした。日曜日に礼拝に行くことも、どこか習慣のようなものだったのだと思います。でも、転校をきっかけに、不安や孤独、迷いに直面し、聖書の言葉や祈りに何度も励まされました。また私のために祈ってくれている人がいるということ、神様は人を通して私を励ましてくださっていたということに気づき、少しずつ「神様に委ねて歩む」ということの意味を感じるようになりました。
そして私は今年の6月に洗礼を受けました。今までの導きと恵みに対して「これからは自分の人生を神様を中心にして歩みたい」と強く思ったからです。洗礼を受けた日、朝まで降り続いていた雨はすっかり止み、空には雲ひとつない青空が広がっていました。その日の空は、まるで神様が私の新しい人生の始まりを祝福し、「これからは光の中を歩みなさい」と語ってくださっているようでした。もちろん、これからも悩んだり迷ったりすることはあると思いますが、神様が私のことを愛し、正しい道を示してくださることを思うと、どんな時も一人じゃないように感じます。
今日読んでいただいた箴言3章5〜6節「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず 常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば 主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」、よく耳にするこの言葉の意味を、私は転校と受洗を通して少しだけ理解できた気がします。自分の考えではなく、神様が備えてくださる道を信じて歩むこと、思いどおりにならなくても、神様は見捨てず、最も良いときに、最も良い形で道を備えてくださる、それがどんなに心に平安をもたらすか、私はこの一年で何度も身をもって体験しました。
もし今、ここにいる誰かが、将来のことで不安を感じていたり、変化の中で戸惑っていたりするなら、一人ですべてを背負う必要はないということを覚えていてほしいです。「神様のことを頼って」と周りが言うのは簡単なことで、実際に困難に立ち向かっている人には軽い言葉に感じられるかもしれません。でも不安な時にこそ、祈りを通してその気持ちを神様に話してみるだけで、すぐに答えが見つからなくても、少しずつ心が落ち着くのを感じると思います。どんなに不安でも、どんなに先が見えなくても、神様は私たちを愛し、必ずそばにいて、良い方向に導いてくださるはずです。その導きは、奇跡のような出来事だけではなく、誰かの祈りや何気ない励まし、小さな優しさの中にも現れます。私たちは普段、その温かさに気づかないまま過ごしてしまうことがあるかもしれません。でも、あとになって振り返ったときに「あの時のことにも意味があったんだ」と気づき、感謝する瞬間がきっと訪れます。
くだらないことで笑い合える友人がいて、頼れる先生方がいて、毎朝共に礼拝する仲間がいて、今こうして英和で過ごしている日々のすべてが恵みだと感じます。英和に導かれたことも、ここでたくさんの人と出会えたことも、どれも偶然ではなく、大切な意味があるように感じられてとても嬉しいです。これからも神様に信頼して歩みながら、私自身も誰かの励ましや支えとなれるように成長していきたいと思います。そして、英和で過ごすすべての人が、神様とともに素敵な毎日を送れるように祈っています。
















