2025/03/27
東洋英和の日々
「東洋英和の伝統」
この春に卒業した2023年度生徒会長が、卒業に当たって、東洋英和での生活や活動をふり返り、小さな論考を自主的に執筆しました。
1884年に創立された本校は、現在までに様々な危機や混乱がありました。
それを乗り越えて現在まで学校が守られてきたのは、この論考に込められている、在校中の思いや出来事をまとめ、伝えていこうとする思いなのだと感じます。
以下、冒頭部をご紹介いたします。
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ごきげんよう。
私は東洋英和女学院139期卒業生、2023年度生徒会長を務めた者です。私は東洋英和に中学部より入学し、今日まで6年間温かい先生方のもと、のびのびと毎日を過ごしてきました。2024年に東洋英和が創立140周年を迎えた歴史の重みを、卒業前にしっかりと調べてみたいと考えて、先日史料室にお邪魔しました。史料室で拝見した資料よりいくつか引用して、現英和生含め、多くの方に届けたいと考え、このような機会をいただきました。

初めに、東洋英和女学院の学院標語「敬神奉仕」について。
入学式でこの標語についての説明を受けたときには、ただ「敬神奉仕」という言葉としての理解でした。そこから6年間という長い時間をかけて、私達は神から愛されていて、同じく神から愛された隣人を自分と同じように愛するということを学びます。これを私達は毎朝の礼拝でのお話や、聖書の授業をはじめとする全ての学校での時間で、自然と学び、そして自然と身についていきました。例えば、高校3年生の昼休み、友人とおしゃべりする時間は自分の抱えている不安から一瞬でも解放される時間でした。この時間、私を含め誰も、特に誰かのためにこうしようという考えや行動はしていません。しかし、これらの時間が私にとっては救いであり、同じような生徒は多かったでしょう。無意識に行動したことが相手にとっては安らぎを与える。これこそ敬神奉仕が私達に根付いていると言えるひとつの結果ではないでしょうか。
1969年に開催された第1回楓祭のテーマは「私達は敬神奉仕とどの様に結びついているか」でした。学院創立以降、学院標語が受け継がれてきたことは存じていましたが、実際に私が生まれるよりずっと前の史料に馴染みのある言葉が記されている事実は、私に伝統の重みと、この学院標語が多くの方に大切にされてきたものであることを感じさせました。また私達と同じように、この場所で毎日を過ごした先輩方がいるということに、言葉に言い表すことのできない感動を感じました。

私は2023年度生徒会長を務めました。任期の間には必死で毎日を過ごしていたのですが、今年度改めて外部の方に生徒会活動を紹介する機会をいただきました。その際に「東洋英和の生徒会は先生と対立する組織ではなく、先生方との信頼関係のもと成り立っている組織だね」と言っていただきました。確かに、生徒会とは基本的に先生方との対立していることが多く、先生方との意見の衝突をどう消化するかに焦点が当てられがちです。しかし、私が活動しているとき、先生方は常に私達生徒がどう考えるかを大切にしてくださいました。特に、携帯電話・スマホ使用規則の緩和について、初めて石澤部長先生に打診した際の印象的なエピソードがあります。私が規則緩和を求めると伝えた際、先生の一言目は「それは生徒の総意であるか」でした。てっきり良し悪しを話し合うことになると考えていた私にとって、これは衝撃であり、まだ生徒全体からの意見を集めたわけではなかった私には、その言葉にはっとさせられた記憶があります。生徒会長だけでなく、どの組織の代表でも、他の生徒の上ではなく前にたつことが何よりも大切であり、それができてからこそ敬神奉仕を実現できる人になるのだと感じました。そこから生徒との意見交換などを経て、無事に規則は緩和されました。この時のことは一生忘れることはありません。
さて、東洋英和では生徒の活動を1年ごとにまとめて、発刊される校内広報誌「楓」があります。1969年度の活動報告を記した校内広報誌「楓」では「現生徒会を考える」とのテーマで、生徒会について複数の先生が記述しています。当時、学生運動が盛んであったこともあり、1969年11月には評議会(生徒会役員会)が総辞職をしています。そんな中、1人の先生は、生徒自治活動が教員側の指導と対立していくものであるという認識なのか、それとも他の認識で動いているのか、生徒ひとりひとりの考えを知る必要があるはずだと述べています。部長先生の「生徒の総意であるか」は、まさにこの先生の考えに通じた答えであり、こんなところからも東洋英和が大切にしてきた想いや、先生方が生徒にかけてくださる愛情を感じることができます。
今回、過去の資料を調べる機会を通して、東洋英和の環境が恵まれていたものであったと再認識させられると同時に、この環境を作り上げてくださった全ての方に感謝の気持ちでいっぱいです。そして卒業にあたり、このような資料を拝見できたことを嬉しく思います。史料室の先生を初めとする、この記事の作成にご協力くださった皆様には、この場をお借りして感謝申し上げます。私は東洋英和を卒業しますが、この学び舎で今後も毎日を過ごされる多くの後輩の日々が神様に守られんことを心よりお祈り申し上げます。
ごきげんよう。
2025年3月19日
















