かえでの保育だより

最後の砦 ー幼児期に大人が守りたいことー

私が木工室にいると、必ずと言って良いほど、りす組のAちゃんが砂場から覗き込み、「何しているの?」と聞いてきます。私が「木で作っているのよ」と答えると「なんで?作っているの?」とまた聞いてきます。「そうね〜、なんでかしら、作りたいからかな〜」と答えると「Aちゃんもできるの?」と聞いてきます。「もう少し、大きくなったら、きっとできるわよ」と私は答えます。
そんなやりとりを木工室にいたBちゃんが聞いていて、切った板にやすりをかけながら、バッチを見て「りす組か〜。木工室に入れるのはもうちょっとだね。まあ、見るだけならいいよ」と自分の切った板を見せます。「ここ、触ってもいいよ。ツルツルだから」と言って板をAちゃんの目の前に出します。AちゃんはそっとBちゃんの板を触ると「ツルツル?だね」と言って、離れて行きます。
 たくさんの木材や道具があって、それを使って作っている子どもたちがいる木工室の風景はAちゃんにとって初めて見る風景に違いありません。Aちゃんが、熱心に板を切ったり、やすりをかけたりする年上の子どもたちのしていることに興味を持ち、憧れの眼差しを向けていることを感じとれます。
 また、砂場では寒い中でも裸足で遊ぶ子どもたちが穴をほったり、水を運んだりしています。木工室から私がその様子を見ていると「天気がいいか気持ちがいいの」「見て、深くほれてきた」と言います。しゃがみ込んで泥団子を作っていた子どもたちが大切そうに自分の泥団子を見せてくれます。
 先日キリスト教保育連盟の会の中で牧師先生が生成A Iの話をされました。「長年、大学の講師をしているけれど、学生の提出するレポートのほとんどがA Iで書かれ、それは理路整然とした立派なものだが、そこからは学生の考えや試行錯誤、成長が感じられなくなってしまった、A Iはこれからの生活にとって不可欠なものに違いないが、子どもに関わる私たちはこの現実にどう対応するか考えていかなければならない。リアルな体験をしたことのない人が保育者や親になり子どもと過ごし、何年かすると子ども自身のリアルな体験が失われていくのではないか」と話されました。「小学校、中学校もA Iを取り入れることが進む今、就学前はリアルな世界に触れられる最後のチャンス、最後の砦です」とも言われました。

 かえで幼稚園の生活の中には子どもたちが実際のもの、人に触れ、考え、感じること、待つことがたくさんあります。その中には喜びや発見や楽しさとともに、思うようにならず、心にも体にも痛みを伴うことがたくさんあります。けれどそのような感動や痛みの体験の中にこそ子どもの成長の時があることを私は毎日の子どもとの生活の中で感じています。これは人が成長する時にあたりまえに経験することと思っていましたが、幼稚園のこの体験が「最後の砦」なのだとしたら、この砦は絶対に守っていかなければならないことであると思っています。
                                  永瀬 真澄


『わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。』
                        (フィリピの信徒への手紙1章9節~10節)

ページトップへ