かえでの保育だより

― 新しい春を迎える時に ー

「わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛にとどまる人は神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。」 聖書 ヨハネの手紙一 4章16節
 寒い冬が終わりを告げ、春がやって来ようとしています。春の訪れを告げる啓蟄(けいちつ)は、今年は3月5日でそこから2週間ぐらいの期間を指す言葉でもあるそうです。春の光の中で、最も早く見かける虫に蟻がいますが、社会性のある不思議な昆虫で、それぞれに生まれながらに群れでの役割があり、それを自ら理解し、たがえることなく働いて協力し合いながら一生を終えます。これは蟻の種類によって多少異なるのですが、多くの場合、成虫になりたての頃は、巣の中の仕事である子育てや掃除などに従事し、体の表面が固くなってくると外敵もいる外に出かけ、餌を見つけて巣に持ち帰るなどの仕事に就くそうです。女王蟻も同様に、群れの最初の子どもたちを育て上げた後は、自分の子どもである働き蟻にどんどん餌を食べさせられ、外に出ることもかなわず、体は肥大して群れの存続と繁栄のため、ひたすら卵を産み続ける役割をこなしていきます。誰に教えられることもなく、元から体に備わっている機能としてそれらのことができるのです。便利と言えば便利ですが、それ以上の発展はなく、一度誤作動を起こしてしまうとそれを修復することができないそうです。例えば蟻たちは外に食料調達に出かけ、餌を見つけると自分や同巣の蟻たちが歩きながら付けた臭いを頼りに巣に戻り、餌を運び込むのですが、臭いが強く残っている方や同じ巣の蟻がたくさん歩いている方を目指していくために、何かの拍子にその列が円になってしまうと、その円から逃れられず、永遠に回り続け、巣に戻れなくなるというのです。
哺乳類はこのような本能は持ち合わせておらず、子育ても、仲間同士の付き合いかたもそのほとんどを学習によって身につけていきます。自分が親に育てられるだけではなく、群れの中できょうだいや親戚の子育てを手伝うことによって、親になる準備ができるそうです。霊長類の中でも人間は、桁外れの能力と複雑な社会性を持っている動物です。どの動物たちよりも沢山の学習ができる能力と引き換えに白紙に近い状態で誕生し、昆虫のように学ばなくても生きていける機能はほとんど組み込まれていません。その上、それぞれに豊かな個性を持っています。このことから健全な人間関係や社会性を育むには、その一人ひとりにふさわしい学習によるしかなく、想像以上にそれは難しいことなのかもしれないと時々思わされます。他者と良い関係を保てる人として育つためには、自分のことばかり考えるのではなく、他者を尊重しなければなりません。時に自己主張も大切です。しかし利己的であったり自己防衛的な意識だけでは、結局自分を守り切れず、また幸せになる(子どもにとっては、楽しく過ごす)ことも難しいでしょう。
かえで幼稚園の日々の中で子どもたちは多くのことを学び、大好きな友だちができ、入園した時よりもずっと他者のことを考えられるようになりました。そこには楽しい友との日々と、ぶつかり合いや腹が立ったり悔しかったりした出来事の両方の思い出が詰まっています。未来を自らの手でいかようにでも切り開くことができる能力を持ち合わせた、人間という存在だからこそ持つ幸せと苦悩です。それは大人が考える以上に真剣勝負の毎日と言えるかもしれません。でも人間が背負っているこの厳しさの背後に、神さまの恵みと愛が常に存在しています。子どもたちが神さまの愛を感じ取り、前向きに生き生きと歩みだすことができる日々、それがかえで幼稚園の毎日であると思います。それには、ご家庭のご理解とご協力も不可欠です。2025年度も、子どもたちのために毎日を支えてくださったご家庭の皆様に、心から感謝申し上げます。                                    
  山下 久美

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