「生きる喜び」の背景
4月からの半年間NHKの朝の連続ドラマ「あんぱん」を楽しみにみていました。私にとってアンパンマンとの出会いは、40年程前の保育者1年目の園でみた絵本でした。そのアンパンマンは背が高く、今とはずいぶん違っていました。その後は息子が赤ちゃんの時のお風呂のおもちゃのキャラクターのイメージくらいしかなく、歌を聴いて、子ども向けなのに歌詞が少し難しいと思ったことはありましたがそれ以上は知りませんでした。この度ドラマのおかげでアンパンマンの作者やなせたかしさんの人生を知ることが出来ました。
やなせたかしさんは第2次世界大戦で軍隊に徴兵され、戦場での飢餓や凄絶な体験があり、同じく徴兵されて戦争で亡くなった弟さんの顔がアンパンマンのモデルになっていること、戦時教育や平和への思いが物語の基盤になっていることを知って驚きました。やなせさんが書かれた♪そうだ うれしいんだ 生きる喜び たとえ 胸の傷が痛んでも♪の歌詞にある、「胸の傷」がどれ程のものなのかに心と思いを巡らし、背景を知るということの大切さをあらためて考えさせられました。
アンパンマンは、お腹のすいた人に自分の顔(頭)を食べさせて助けます。自分の大切なものを辛い思いをしている人に捧げるヒーローは、巨悪を倒すヒーローとは一線を画しています。ばいきんまんは毎回懲らしめられますが、その仲間のドキンちゃんはやなせさんの奥様をイメージしたそうで、そこにも愛が溢れています。
自分の大切な顔や頭を喜んで捧げるアンパンマンは自己犠牲を生きるヒーローです。自分のやりたいことや思いを最優先に生きることを第一とすることが多い現代では、自己を犠牲にすることは、格好が悪く損なことかもしれません。でも、自己を犠牲にすることは生きている私たちの日常にいつも存在しています。子育てや家事もその一つなのではないでしょうか。子どもや家族のために自分の大切な時間やものを捧げ、掃除や洗濯や食事の支度をし、仕事をしたりして生活を気持ちよく過ごせるよう整える、そんな毎日を私たちは生きています。誰にも感謝されなくても、その働きにどれほど大きな価値があるかを知り、喜びとすることが出来れば、それは生きる喜びにも繫がっていくことでしょう。
でも現実の毎日の生活の中で...それはとても難しい時があります。アンパンマンには失ったものを新たにしてくれる場所(パン工場)があります。私たちにもそんな場所があるでしょうか。自己犠牲は、まず自分が愛されて、自分を大切にすることが出来なければ苦しくなります。だれも認めてくれなくても、まず神さまがあなたを愛してその働きを見守ってくださっていることを思い、今それぞれになさっている子育てや他者のための働きが、大いに尊いものであることをどうか忘れずにいてください。 片岡朝子
「神はそのひとり子をたまわったほどに、この世を愛してくださった」
ヨハネによる福音書3章16節
