新年度に寄せてーヨナの話ー
さて、主は巨大な魚に命じて、ヨナを呑み込ませられた。ヨナは三日三晩魚の腹の中にいた。ヨナは魚の腹の中から自分の神、主に祈りをささげて言った。苦難の中で私が叫ぶと 主は答えてくださった。陰府の底から、助けを求めると わたしの声を聞いてくださった。
旧約聖書 ヨナ書2章1-3節
新しい年度が始まりました。様々な意味で節目となり新生活のスタートを切る4月です。子どもたちも、そのご家庭にとっても、弾むように軽やかで楽しい日々の積み重ねの時となりますよう、心からお祈りしています。今年度もどうぞ宜しくお願いいたします。
新年度の歩みが順調であれば、それに越したことはありません。でも人の歩みの中には思わぬ方向にいってしまいそうな事態が起こる可能性も、常にあります。困った...と思われるような事態に遭遇することもあるかもしれません。それでも「どのようなことがあっても大丈夫」と聖書は私たちに語りかけてくれます。
ヨナ書のお話は不思議で興味深いので、教会学校などでも良く語られてきました。そのためご存じの方も、多いかと思いますが、概略のみをお伝えすると、ヨナという人物が神様に命じられた仕事から逃げようとして船旅に出たところ、海が大荒れに荒れて、船は沈没しそうになります。その原因が神様から託された仕事をせずに逃げているヨナにあることが、船に乗り合わせた人々に分かってしまい、彼は海に放り込まれます。そこに大きな魚が来てヨナを吞み込み、三日三晩、魚の腹の中で過ごすのです。ヨナが祈り、悔い改めると、魚は彼を吐き出しました。その後、神様から命じられた仕事を成し遂げたヨナでしたが、自分が考えていたような結果にならなかったことを見ると、悔い改めはどこへやら、神様に対して再び不平不満を言い始めます。そのため、神様に「お前は怒るがそれは正しいことか。」と何度も聞かれることになるのです。この話の最後に、ヨナが再び深く反省したかどうかは書かれておらず、神の人間への慈悲深い心が描かれるのみで、物語は終わっています。
私はこの夏に70歳になります。ヨナの話は、あり得ない物語なのですが、それでも人生の様々な場面で、このヨナのような経験してきたように感じています。人にはそれぞれ役割が与えられていますが、そのすべてに納得がいっているわけではないでしょう。例えばこうであるべきと考えても、できないこともあり、またその問題を解決すべきと分かっていても、逃げ出したくなることもあるのではないでしょうか。
どうにも逃げ出すことができないと悟ったヨナは魚の腹の中で神に祈ります。魚は海の中で彼を守り、到着すべき場所まで彼を運んで吐き出します。できない、嫌だというヨナが使命を果たせるよう、神様がすべてを整えてくださるのです。
この春も神様の愛に溢れた道が示されていることを心にとめつつ歩む者でありたいと思います。
山下久美
