かえでの保育だより

明日もきっと良い日

「安らかに信頼していることにこそ力がある」

旧約聖書イザヤ書30章15節より

2月末のお昼後のこと、かえでの庭には、風は冷たくとも日差しが明るくさし、そこここに春の訪れを感じさせられる穏やかな時間が流れていました。

泥だんごを手の上でころがしながらせっせと丸く硬くなめらかにしている子どもも、友だちに手をとってもらい「ゆっくり、ゆっくりね」と励まされながらぺダロ(足でステップを踏んで進む2輪の車)に取り組む子どもも、「だめ」と断られながらもあきらめずに何度も交渉をしてままごと小屋のお鍋を一つ手に入れた子どもも、なかまをどんどん増やしながら砂場に大きな穴を掘り水をたっぷりためて温泉をつくる子どもも、今を喜んで幸せそうに遊んでいます。庭からのぞく木工室では、2月になって木工室へのデビューができた年少組の子どもたちが、先生に見守られ教えられながら、真剣にそして楽しそうにかなづちやのこぎりを動かして、木材との対話をしています。

(同じ時間に、各保育室やホールでも、一人ひとりの遊びと友だちとの関わりがあり、葛藤も含めての心が満ち足りていくまでの物語があったことは言うまでもありません)

そのような姿にうっとりとしていた私を、年長組のAちゃんとBちゃんが鉄棒の前から「せんせーい、梅が咲いたよ。きれいだよ。こっちこっち」と呼びました。「どれどれ」と小走りに向かう私と一緒に近くにいた数人もついてきました。鉄棒裏の紅梅の木を見上げると、まだ多くの花はふわりと開き始めの濃いピンク色のつぼみで、その中にぱっと開いた淡いピンクの花が笑っているように咲いていました。なんとなく優しい香りも感じます。「きれいね。うれしいね」と私がつぶやくと、ついてきた子どもたちも、「きれい」「咲いてよかったね」「この色好き」・・・等と応えます。その中の年中組のCちゃんが「ここの梅でジュースつくったよね」と言いました。ほんの一瞬、皆が思い巡らすような表情をしました。それから「そうだった」「わたし飲んだよ」「甘くておいしいんだよね」「ぼくも作ったよ」と・・・梅ジュース話が続きます。そこには年長組の子どもも、年少組の子どももいました。なんともにぎやかな井戸端会議のようなひとときでした。

かえで幼稚園ではいつの頃からか、6月になっての梅の収穫と、梅ジュース作りは年中組の手仕事としています。そして、夏の暑い日の庭で、水で割ったジュースを、幼稚園中の皆で大喜びしていただきます。とにもかくにも『幼稚園で飲む梅ジュース』は皆共有の嬉しく美味しい体験です。そのジュースと目の前に咲いている梅の花が、この時初めてつながった子どもも少なくはなかったでしょう。私は、その日たまたま同じ場にいた子どもたちが、「そうそう」と心を響きあわせられる輪となれるのは、これまでの園での関わりと体験の時間があったからだとつくづく感じました。

私は、子どもたちに、愛されて安心して、心を動かし、手とからだ動かし、人と関わって、遊び生活する子ども時代を保証したいと願い続けてきました。その日常の中での楽しかった・面白かった・感動した体験は、全て良い原風景として子どもの心の奥に置かれ、未来への期待となるでしょう。

また、「『共に過ごす』時間が『共に育つ』時間となる」ことを、子どもたちからも、保護者の方たちからも教えられてきました。このことはご家庭での親子の関係にも言えることですが、かえで幼稚園には、その時間と場が、子どもにも大人にもたっぷりとあります。共にいることの難しさも通りながらも、共にいることの幸せを味わった者は、誰かと一緒に居ること、また誰かのために生きることを喜びとできるでしょう。

これらがたんたんと守られている今日が、「明日もきっと良い日となる」という希望につながっていくことを信じます。

梅の木の一年も守られる神さまが私たちを守り愛してくださっていることに、そして主イエスさまが伴走者として共に歩んでくださることに信頼し、そのことを「だいじょうぶ」の根拠として、また新しい春を迎えたいと思います。

特に、入園した時から今日まで、その子らしく歩み成長し根っこを伸ばし、この3月にかえでから巣立って行く一人ひとりとそのご家庭の明日(未来)が、安心と希望の中に守られますよう、祈り続けます。

園と共に歩んでくださった保護者の方々に感謝して・・・。

大漉知子

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