松岡享子先生の遺してくださったことばより
「幼い日に、耳からはいったお話は、それを語ってくれた人の声とぬくもり、子どもたち自身がそれを聞きながら思い浮かべたイメージと共に、一生その子の中にとどまります。お話は、おとなが子どもにおくることのできる、いちばんいのちの長い贈りものだと思います」(東京子ども図書館発行 愛蔵版おはなしのろうそく ふたつめのおねがいー子どものまわりにいるおとなたちにより抜粋)
今から5年ほど前に私は東京子ども図書館のお話の講習会に参加しました。毎月1回2年間、お話を語り合って学ぶ勉強会でした。この時の講師のお一人が児童文学者で東京子ども図書館を創設された松岡享子先生でした。先生は温かく優しい眼差しでそして一人の聞き手として講習生の話を聞いてくださいました。
私が先生の前で初めて語ったお話は「しおちゃんとこしょうちゃん」(ルース・エインズワース作 河本祥子訳 東京子ども図書館おはなしのろうそく27)でした。ふたごの子ねこのお話です。二匹は競い合って高い木に登りますが、降りられなくなってしまい、木のてっぺんで途方に暮れます。最後はお母さんねこが迎えに来てくれ、子猫たちはお母さんねことゴロゴロのどをならしながら安心して眠るというお話です。語り終わってしばらくすると松岡先生は「こねこなんだから帰ってきたら寝る前にミルクを飲ませてあげて欲しかった。お母さんのおっぱいでもいいのよ。私ならそう語りたいわ」とおっしゃいました。そんなことは一言も書いてないし、語るものは余計な解説のことばは加えないというのも大切なこととして学んできたのに・・・。私は頭の中が???でいっぱいになりました。松岡先生はそれ以上は言わず、私の顔を見てにっこりなさいました。帰りの電車の中で私は先生のおっしゃったことを何回も何回も考えました。「文章には書いていないこねこの安心した気持ちを思い巡らして語る、そのことで聞いている子どもがこねこの気持ちを想像し、受け取る。言葉に表さないものを感じる。ということをおっしゃりたかったのではないか」とあらためてお話の奥深さを感じたのでした。
日々子どもはことばにこめられた多くの気持ちや情景や光や音を感じ、受け取って安心したり、時には不安になっています。そのことをわかってあげられますようにと思うものです。
松岡先生はたくさんの豊かなことばを私たちに遺して1月25日に召されました。感謝を込めて先生のことばを振り返っています。
「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。」(コヘレトの言葉12:1)
永瀬 真澄