ヴィクトリア大学ELC(カナダ)
国際社会学部(ヴィクトリアELC2022)
留学期間:2022年9月~12月or2023年1月
留学マンスリーレポート(2022年 12月)
今月のカルチャーショック
今月はヴィクトリアに例年降らないような大雪が降り、全ての交通手段が何日も止まってしまった。大雪の経験が全くないので雪だるまを作ったり、近所を1時間かけて散歩したりして全ての景色が新鮮で綺麗だった。またホストシスターに Maple Taffy というカナダの伝統的な雪遊びを教えてもらった。汚れていない綺麗な雪の上にメープルシロップをかけて水飴のように雪をシロップに絡ませて作るアイスキャンディーだ。初めて雪を食べたがかき氷のような食感と味で美味しかった。また、ホストファミリーと一緒に雪かきをした。
車全体が雪で覆われるほどの雪が積もっていて、道も膝より上まで雪があって歩けないほどだったので家の周りの雪かきをしたが初めてだったので大変だった。
初めて雪が積もった日から三日後にバスが数本再開したという情報を見たので食料を買うためにダウンタウンに近いスーパーに行った。しかしバスは通常の停車駅には止まらず臨時のルートが設けられたため、一時間待ったが私のバス停にはバスが来なかった。いつもバスの出発時間や運行情報がリアルタイムで表示されるアプリを使っているのだが、その日は臨時運行を行うことが書いていなかったので気づかなかった。もし自然災害などで公共交通機関が動かなくなっても随時アナウンスやどのようなルートで運行するのかが表示される日本の電車の便利さを思い出してしまった。しかし、ただ時間を無駄にしただけで家に帰るのは悔しかったので一時間半ほど歩いてスーパーに行った。-5度の中、足場が悪い雪道を一時間以上歩くのは想像以上に過酷だった。さらに一人だったので苛立ちを共有できる人もいなくて心が折れそうだった。帰りはバスに乗れたが運転手が突然方向を変え、ここで全員降りてくれと指示されたのでまたそこから一時間ほど歩いて帰った。
この日まで雪の楽しい面しか知らず、毎日雪が積もって欲しいと思っていたが交通機関が止まる程の雪は身の危険や生活に不便が生じることに気づいた。
今月の成長体験
今月の大きなイベントとして、伝統的なクリスマスを体験した。日本のクリスマスは友達と過ごしたりパーティーをすることがあるが、カナダのクリスマスは日本の正月のように親戚、家族が全員集まってご馳走を食べたり、ゲームをしたりする過ごし方だった。また、親戚や友人から大人も子供も関係なくたくさんのプレゼントが届くので朝にクリスマスの音楽をかけながらホストファミリーと一緒にプレゼント開封をした。私のイメージだとプレゼントは一人一つという印象だったが、親戚や友人など多くの人から届くのでホストシスターは段ボール2箱ほどの量のプレゼントをもらっていて驚いた。その時、日本のクリスマスもプレゼントを家族で開封するかどうかを聞かれたのだが、日本のクリスマスについて詳しく説明することができた。例えば、プレゼントは子供だけで成長すると貰わないことや、幼少期にどのような状況でどのようにサンタがいないことに気づいたかなど昔の思い出を事細かく説明できたのが嬉しかった。また、ホストファミリーの親戚に会った時も話を振られると全員が私に注目する瞬間があって、少し緊張したが世間話をスムーズにした。ホストシスターはスラングや言葉を省略して喋る若者言葉をよく使うので今まであまり会話を聞き取ることができなかったが、少しずつわかるようになってきた。しかし、ネイティブスピーカーは会話のトピックの移り変わりがとても早いように感じる。クラブの時部員のメンバーの会話に入りたくて、インターネットで画像を探して見せようと思ったらその時には別の話題になっていたり、会話に入ろうとしても喋り続けていて私が喋り出そうとしたら別の人が話し始めたり、会話に隙がないので言いたくても言えないという状況がとても多かった。また、人が話していてもお構いなしに上から被せて話す人が何人もいて、いつもその圧に負けてしまうのでもっとそれらに動じない強さが欲しいと自分自身に腹が立つことも多かった。12月は授業がなくて学校はクラブ活動の時だけ行っていたので ELC の友人や親しい先生、英語を教えてくれる学部生のネイティブの友人たちの大切さに改めて気づいた。オンライン英会話の先生に会話に入ろうとしても自分が話し始めるタイミングが分からない、同時に話す人が多くていつも譲ってしまうことを相談したら「今は私が話す番だ」ともっと自己主張して良いと言ってくれた。 授業がなかったり、大雪警報で外に出られない日が一週間ほど続いたり、いつもに比べて成長を実感することが少なかった。
日本について聞かれたこと、考えたこと
韓国人の友人と戦争教育についての話をした時、「日本人は自分たちの国が第二次世界大戦の被害者だと思っているのは本当か」と聞かれた。センシティブな話題だったがお互いの国の歴史的関係について話したことがなく、私自身もいつか話してみたいと思っていたので良い機会だった。韓国では日本に統治されていた時代のことをたくさん勉強するらしく、特に第二次世界大戦は歴史の中でも重要な出来事だったそうだ。「誰が最初に戦争を始めたと習った?」と聞かれたのでドイツだと答えると友人たちが驚いていた。友人の学校では第二次世界大戦を始めたのは日本だと習ったそうだ。そして「今まで自分たちが始めた出来事なのに戦争の被害者だと思い込んでいるのが理解できなかった」と言っていて国によってこんなにも戦争に対する目線が違うのかと驚いた。私は沖縄県に長い間住んでいて、小学校と中学校では地上戦のことについてたくさん勉強したので、「他の県と違って、多くの民間人を巻き込んだ悲惨な出来事がたくさんあったためその目線から見ると沖縄県は戦争の被害者だと思う」と伝えたら納得してくれた。特に私が住んでいたのは南部で、そこは一番の激戦地だったので今でも当時の防空壕や時限爆弾が残っていたり、生存者が頻繁に講演会を開いて話したりしているので改めて戦争の脅威を思い返すことができた。
原爆については日本人と違う考え方だった。友人の学校では原爆のおかげで日本が負けて韓国が日本の植民地から解放され独立することができたのでありがたいと習ったそうだ。前期のゼミで日本と当時日本の統治下だったアジアの国の戦争画について学んだので、植民地だった国からすると原爆は解放に導いてくれた出来事だったのだろうと予想がついた。そのため学校でそのように習うと聞いても驚かなかった。
また友人が当時韓国に住んでいたが終戦後に復讐として韓国兵から虐待をされ、アメリカに逃げた後に自身の人生を綴った書籍を出版した日本人少女の話を教えてくれた。この本がアメリカで出版された時にアメリカでは韓国人に対するヘイトが集まったため韓国国内で問題になったそうだ。なぜなら日本の支配下だった頃の韓国では日本語以外を喋ると日本人から虐待を受けたり慰安婦として強制的に駆り出されたり、韓国人も同じように暴力を受けていたのにその背景が記載されていなかったからだそうだ。友人は高校生の頃この話についてクラスで少女に虐待をした韓国人が悪いか、時代背景を書かなかった日本人少女のせいか、また日本に対する復讐として少女に行われた虐待は正当かそうではないか、などの様々なテーマでディベートを行ったそうだ。この話を聞いて彼女が受けた虐待は事実だが、一つの視点だけで全てを判断し差別するのはダメだと思った。
最後に、友人は高校生の頃から今でも日本語を勉強しているのだが「このような歴史的背景を知っているのに日本語を勉強しようと思ったり、日本人である私と友達でいてくれるのはなぜ?」と思わず聞いてしまった。すると、「沖縄戦でアメリカ兵が多くの民間人を殺したけどあなたは今のアメリカ人一人一人に恨みの感情はないでしょう、それと同じだ」と言っていた。
ここまで互いの歴史について深い話をするのは初めてで、専門用語など英語で説明するのが難しい出来事がたくさんあるのでお互いに翻訳アプリで単語を調べながら話したことで勉強にもなった。留学しなければ出来ない貴重な体験だと思ったし、今後の授業や課題にも活用できそうな話をたくさん聞けて良かった。
