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2014年9月20日 大学院 後期入学式式辞

 東洋英和女学院大学の大学院に入学された皆さん、このたびは誠におめでとうございます。社会人対象の夜間大学院であることを十分に認識されてこの場に臨んでおられる以上、皆さんは、職場や家庭において社会人としての責任を果たしながら、ここで専門的な知見の獲得と学問的な研鑽を積まれようと決意されているものと信じます。何よりも、その志に対して心よりの敬意を表したいと思います。

 今年は、この大学院の母胎である東洋英和女学院の創設から130年目を迎えた記念の年であります。それと軌を一にして学院やその卒業生をモデルとしたNHKの連続テレビ小説が放映され、英和も何かと話題を集めたのは御承知のとおりです。ヒロインの村岡花子女史は、学院の前身、東洋英和女学校に1899年から1919年まで20年間設置されていた高等科の卒業生僅か55名のうちの一人であり、またその「腹心の友」となった柳原白蓮女史は、結婚・出産・離婚を経験したのちにこの女学校に編入してきた経緯を持っていました。彼女たちは、時代に屹立した女子高等教育の先駆けであり、あるいは時代を先取りした女性の生涯教育の先駆者であったわけです。その意味では、英和のなかでも最も歴史が浅い存在であるとはいえ、現代の学校教育システムの頂点に位置し、さらには社会との接点を保ちながら実力の一層の涵養を目指す夜間大学院こそが、彼女たちの正統な後継者であるという見方もできなくはありません。

 さて、人間科学研究科であれ国際協力研究科であれ、大学院の教育課程においてみなさんに求められるのは、徹底的に「詰めて考える」という作業に他なりません。考えるべき問題を特定し、それがなぜ起きているかについて自分なりに仮説を立て、それが正しいかどうかを、何らかの方法で確認、つまり検証して結論を導いていく。それこそが、みなさんがこれから獲得すべき「学問の作法」であります。そこで得られる結論は、必ずしも世間一般の常識的見方と合わないかもしれません。

 私自身の専門領域である国際政治学の現場から一つの事例をお示ししたいと思います。イラクやシリアといった国々に蟠居して何人もの欧米人の人質を次々に殺して、その様子をインターネットで実況中継するといった野蛮極まりないテロ集団が話題になっています。「イスラム国」と自称する彼らの急激な台頭や、そこに欧米からも若者が義勇兵として続々と参加しているという事実に、先進諸国、とくにヨーロッパでは、もともとあったイスラム嫌いの風潮に拍車がかかり、ほとんどヒステリーに近い攘夷主義(イスラモフォビア)が横行するようになっています。

 しかし冷静に、それこそ学問的にこの現象を考察すれば、統治の破綻したイラクやシリアで、既得権を奪われたり疎外されたりした社会階層と結びついた少数のテロ勢力が、内戦でふんだんに出回っている武器を手にして「敵の敵は味方」という単純な論理だけで勢力を拡大しているに過ぎません。これに参加している欧米からの「義勇兵」なるものも、結局は欧米の社会政策とりわけ移民統合政策が失敗し破綻した帰結に他なりません。

 現実の脅威は、このように複雑で錯綜したさまざまな要因の総和としてもたらされます。これに対して世間一般は、ともすれば物事をシロとクロとに割り切る単純明快な説明を求めるのです。「イスラム国」が喧伝するイスラムは、彼らが妄想するイスラムであって、実は伝統的なイスラムの世界観とは相容れません。にも拘らず、浮足立って「ついに文明間の衝突が出来した」というような集団ヒステリーが拡がっていく構造をわれわれの社会は内在させているということになります。

 我が国にさほどこのイスラモフォビアが見られないのは、さまざまな理由で国内にムスリム人口を多く抱えていないという偶然によります。相手を中国や朝鮮半島などに置き換えて考えれば、同じメカニズムが作動しているのは明らかでしょう。みなさんが学問の作法を身に付けることの効用の大きな一つは、ここにあります。世間の人々が雪崩を打って一方の方向に傾こうとするときに、「ちょっと待った」と言ってこれに異を唱える。そのような異化効果こそが学問の効用であり効能なのです。

 NHKのテレビドラマ「花子とアン」は間もなく大団円を迎えます。そのヒロインたちが、時代の集団ヒステリーに対してそれぞれのやり方で貫いた姿勢は、まさしくこのような学問の作法の意義を裏打ちするものであります。

 皆さん、東洋英和女学院大学大学院にようこそ。私どもは皆さんの御入学を心から歓迎します。願わくはここでの研鑽が、英和の先達たちと同様に、みなさんの今後の人生を支える柱となるものでありますように。この祈りを以て、私の式辞といたします。

 2014年9月20日

東洋英和女学院大学 学長

池田明史

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