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2014年9月20日 大学・大学院 学位授与式式辞

 修士号あるいは学士号を授与されて、本日ここに晴れて修了および卒業されるみなさん、おめでとうございます。みなさんの在学中のご努力に対し、衷心より敬意を表したいと思います。ご家族の方々もさぞお喜びのことと拝察いたします。また御来賓の皆様には、ご多忙のなかをご参列いただき、こころから感謝申し上げます。

 さて、私どもが外国の友人たちを相手に話を始める際、よく使う表現に、There are good news and bad news, which do you prefer to hear first という言い回しがあります。良い知らせと悪い知らせ、どちらが先に聞きたいといわれると、大方は悪いほうを先にと答えるようです。良い知らせでほっとして終わりたいということなのかもしれません。みなさんの社会への船出や復帰を寿ぐべきこのときに、甚だ異例で、場合によっては顰蹙を買うことを覚悟の上で、私も敢えて先ずBad News、悪い知らせからこの式辞を始めようと思います。

 それは何かと申しますと、「これからさきの世の中が、いまよりも良くなっていくという保障はどこにもない」ということであります。私の専門とする国際政治の領域において、このことは歴然としているように思えます。イラクやシリア、ガザ、エジプトなどでいままさに起きていること、ウクライナでの緊張、極東や東シナ海での対立、さらにはスコットランドやカタロニアに象徴されるヨーロッパの混乱など、これらはいずれも一時的、局所的、相対的な問題であるというよりも、世界がいまや、全体として構造的な動揺にさらされていると考えたほうがわかりやすいのであります。

 国内社会に目を転じても、少子高齢化の行き着く先も、日本型福祉社会実現の展望も、まるで不透明といわざるを得ません。東日本大震災やフクシマ原発事故の経験を経たいま、私どもはこれまでのように、この社会の安全が科学技術の進歩によって担保されているという神話を単純に信じることができなくなっています。みなさんがいままさに乗り出そうとしている先は、Turbulent Water すなわち荒ぶる海なのです。

 そしてGood Newsです。嵐の海に船出するみなさんには、その航海に堪えるだけの訓練がなされており、船には航海に必要な機材が積み込まれているということです。修士や学士という学位は、そのことの証にほかなりません。みなさんは、それぞれの学位にふさわしい羅針盤(コンパス)とそれを操作する能力を身に付けたはずなのです。装置の機能と、訓練の成果に自信を持って、嵐の海を乗り越えて行っていただきたいと切に願います。それは、一言で言えば「自分のアタマで考える」ということです。考えるべき問題を特定し、それがなぜ起きているかについて自分なりに仮説を立て、それが正しいかどうかを、何らかの方法で確認、つまり検証して結論を導いていく。それこそが、みなさんが身に付けた「学問の作法」であります。

 冷戦の対立が終わったから平和と繁栄の時代がやってくるとか、人類の進歩と調和などといった極楽トンボで他力本願的あるいは予定調和的な妄想がほぼすべて吹き飛んでしまったこの時代に、怒涛のように襲ってくる困難や問題に、ただやみくもに突っ込んだり逃げたりするのではなく、自分のアタマで考えて適切に舵を切り、フネを無事に、しかし前に、進めていってください。

 学位記を手にされた瞬間から、みなさんは東洋英和女学院を母校と呼ぶ立場になります。英語では母校のことを<alma mater>と言います。もとはラテン語ですが、その意味は、「心温かい母」ということになります。ですがいまお話したことからすれば、むしろHome Portすなわち母なる港と申し上げたほうがいいかも知れません。この母港は、みなさんがこれからの人生でさまざまな困難に出会ったり、行き詰ったりして、疲れてしまうようなときに、再び帰ってくる港でもあります。補給のための物資や、船体の修復、機材の修理など、みなさんが必要とされるであろう船渠(ドック)を整えて、みなさんをお迎えするつもりです。

 最後になりますが、大文字でGood Newsといえば、それは「福音」を意味します。いうまでもなく、この東洋英和女学院の拠って立つ基盤であるキリスト教の教えのことです。その意味では、本学でみなさんというフネに積み込まれた羅針盤が指し示している方向は、「敬神奉仕」という四文字でなければなりません。改めてこのことを確認させていただいて、私の式辞の締め括りといたします。

 2014年9月20日 東洋英和女学院大学 学長 池田明史

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