書評『聖路加病院で働くということ』早瀬 圭一著(元人間科学研究科教授)
2001年4月より2008年3月までの7年間、人間科学研究科において本学の教育にご尽力して下さった早瀬圭一氏が、この度、岩波書店より『聖路加病院で働くということ』を出版されました。
本学大学院国際協力研究科修了生の高岡邦子氏による書評をご紹介させて頂きます。
書店等でぜひお手に取ってご覧下さい。
書評
「聖路加病院で働くということ」 早瀬 圭一 著
国際協力科修了生 高岡 邦子(内科医)
著者は、「小説新潮」に2年間にわたって連載していた「銀座の達人たち」の最終回に「聖路加国際病院」の誰かを取り上げる予定でいたが、病院関係者30人に取材した結果は膨大なものとなり、単行本として出版された。
熱い志を持った医療者が減ってきていることを残念に感じている筆者にとって「聖路加国際病院」、日野原重明先生、そしてこの本で取り上げられた小児がん治療の細谷亮太医師、訪問看護の先駆者である押川真喜子看護師、看護大学学長の井部俊子看護師、救急部の石松伸一医師は尊敬してやまない特別な存在である。「聖路加病院は、働く人にとっても患者にとってもどのような惹きつける力があるのか」を気にかけていた筆者は、一気に読み上げてしまった。
「聖路加病院」は、1902年にトイスラーによって設立され当初から「多職種の人びとが協力して働く」ことを目指し「トータル・ケア」の考え方が根づいていた。他の大学病院などでは、これほどまでに自分の信念を曲げない看護師たちは冷遇を受けていたであろう。
しかし、聖路加病院にいたからこそ、彼らは持てる力を存分に発揮することができた。この4人に共通していることは、並外れた探究心と同時に患者や家族に寄り添いともに涙する少年のような熱い心を持ち続けていることである。
丁寧な取材ときめ細かな描写によって、筆者もまるでその場に居合わせているかのように引き込まれていった。情景も心理描写も非常にリアルに描かれていて、筆者も印象に残る看取った人びとを思い出し涙した。医療関係者以外の読者にもわかるよう専門用語はわかりやすく解説されている。医療不信に陥っている一般の人びとにぜひ読んで頂きたい。もちろん、目的意識を見失っている医療関係者にも読んで頂き、自分が医療を目指した原点に立ち返って欲しいと心から願う。「聖路加病院は富裕層対象」などと揶揄されていることに心を傷めていた筆者にとっては、久々に胸がすくような一冊であった。
著者は、この著作にあたって東大大学院において死生学を学んだそうである。東洋英和女学院大学大学院教授でいらした頃に残念ながら筆者はお会いしていないが、叶うことなら死生学について意見を交わしたい。そして何よりも、取材対象だった他の医療関係者はいずれもその道の大家であるので、いつかはこの方たちについても著作を期待したい。