2021年度3月期学位授与式式辞
2022年3月19日(土)、2021年度3月期大学院学位授与式を行いました。
人間科学研究科修士課程20名、国際協力研究科修士課程1名に加え、
人間科学研究科は博士号を1名に授与いたしました。
池田学長の式辞です。
式 辞
博士号・修士号をそれぞれ授与されて、本日ここに晴れて修了されるみなさん、おめでとうございます。
みなさんの在学中のご努力に対し、衷心より敬意を表したいと思います。みなさんの多くは、大学院生活がそのまま現在3年目に入った新型コロナのパンデミックの時期と重なってしまいました。入学式は中止となり、この学位授与の式典もまた、蔓延防止等重点措置が継続中であることに鑑み、これを簡略化して実施することとなった結果、ご家族やまたご来賓の皆様には、出席を控えていただくようお願いせざるを得なくなりました。まことに申し訳なく思いますが、これも感染防止に万全を期すための措置としてご理解を賜わりたく存じます。
みなさんは社会人として昼間は仕事に精勤し、その疲れを抱えたままこの夜間大学院に通われて学問の研鑽に励まれました。とりわけ過去2年は、ご勤務先においてもご家庭にあっても、コロナ禍の蔓延という予想もしなかった事態に直面して多くのご苦労を重ねられたことと拝察いたします。コロナ禍への緊急対応として導入された遠隔授業に対して、慣れない中にも緊張感と集中力をもって取り組まれたことでしょう。その後、講義や実習、あるいは指導が部分的にもせよ対面型に戻った時には、やはりある種の感動や充実した雰囲気を味わうことができたのではなかったでしょうか。当たり前の日常が実は当たり前ではなく、文字通り有難きこと、感謝すべきことという気づきにつながったに違いありません。
当たり前の日常が当たり前でなくなったと言えば、いま想起されるのはウクライナの情勢です。3週間余り前に突如としてロシア軍が侵略を開始したために、何百万というウクライナの人々がいきなり戦火に晒され、当たり前の日常を奪われることとなっています。まことに由々しき事態と言わなければなりません。
しかしながら、このような事態を見るにあたって、ひと言、みなさんの注意を喚起しておきたいと思います。それは、「戦争は嫌だ」「戦争が起きてはならない」あるいは「戦争になって欲しくない」といういわば個人的な願望や期待を抱くことが、場合によっては「戦争は起こらないだろう」という情勢判断につながりかねない危うさを孕んでいるということです。私の専門領域は国際政治学で、なかでも数々の紛争や戦争をテーマにしてきましたので、このような心情先行型の情勢判断、すなわち「分析」の名の下にいつの間にか個人の期待や願望が語られている実例を嫌という程見てまいりました。今回の侵略を惹起したロシアの指導者にしても、ウクライナのNATO加盟阻止を大義名分としているようですが、客観的な情報の分析、すなわちウクライナの加盟がどれほど蓋然性を持つのか、持つにしてもどれだけ差し迫っているのかといったことについての冷静な判断が行われる以前に、「自分の恫喝に動じない憎いウクライナ」という心情がまず先行していたのでしょう。その反動として、「戦争になれば数日で片が付く」との期待的幻想が生まれ、結果的には集められる情報までもがそのような幻想を軸にして取捨選択されていったのではないでしょうか。
この大学院で研鑽を積まれ、博士・修士の学位を授与されたみなさんには、くれぐれもこうした心情先行型の罠、すなわち現実をズバリと直視しないで、期待から現実を逆に見ていくような愚を犯すことのないよう、願って止みません。
最後になりますが、大学は、博士号や修士号の学位記とともに、修了生お一人おひとりに黄色いスイセンの花をお贈りしようと思います。これはここ東洋英和女学院の卒業式では古くから行われている慣行で、その起源は戦前にまで遡ります。東洋英和所縁(ゆかり)の地であるカナダでは、黄色い水仙は主であるキリストの受難と復活を記念するこの時期に一面に咲き誇るところから、レントリリー(「受難節の百合」)とも呼ばれる花です。復活のキリストを仰ぎ、その光の中を一歩一歩着実に、雄々しく歩んで行って貰いたい。みなさんのますますのご活躍を祈りつつ、これを以て私の式辞といたします。
2022年3月19日 東洋英和女学院大学 学長 池田明史