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2018年度9月期学位授与式 式辞

 修士号あるいは学士号を授与されて、本日ここに晴れて修了および卒業される皆さん、おめでとうございます。皆さんの在学中のご努力に対し、衷心より敬意を表したいと思います。ご家族の方々もさぞお喜びのことと拝察いたします。また御来賓の皆様には、ご多忙のなかをご参列いただき、こころから感謝申し上げます。

 さて、ここでは皆さんが船出をしていこうとする現下の情勢について、ひとこと所感を申し述べたいと思います。それは、必ずしも皆さんのこの良き門出にふさわしい晴れやかな展望ではありません。率直に申し上げて、「皆さんの前途は洋々と開けている」などといった決まり文句を申し上げるつもりはありません。何故かと申しますに、「これからさきの世の中が、いまよりも良くなっていくという保障はどこにもない」からであります。例えば今年は、いわゆるリーマンショックで国際的な不況が引き起こされてから、ちょうど10年目になります。10年前、「寝耳に水」の形で世界経済を震撼させたアメリカ発の不況は、それでも幸いなことに1930年代の「恐慌」や、70年代の石油危機のレベルにまで陥ることはなく、何とか克服されて、私どもはいま、リーマンショック以前の状態を取り戻せています。何故それが可能だったか。いろいろと理由はあるでしょうが、おそらく最大の要因は、当時の国際社会が一致してこの難局に立ち向かったところに求められるだろうと思われます。

これに対して、現在のわれわれが置かれている状況はどうでしょうか。大国間の摩擦、先進諸国内での軋轢、先進国と途上国との間の対立、内戦や貧困で大量の人々が流出しつつある発展途上地域など、国際的な協調の枠組みは根底から動揺しつつあると言わなければなりません。私の見るところそれは一時的、局所的、相対的な問題であるというよりも、世界がいまや、全体として構造的な動揺にさらされていると考えたほうがわかりやすいのであります。「アメリカ・ファースト」とか、「自国第一主義」などといったスローガンは、出現するべくして出てきたと考えるべきでしょう。

国内社会に目を転じても、少子高齢化の行き着く先も、日本型福祉社会実現の展望も、まるで不透明といわざるを得ません。東日本大震災やフクシマ原発事故からの復旧も未だ道遠しの感強く漂うそのなかで、同じように深刻な災害が九州から北海道に至る日本全域を襲っていることはすでにご承知の通りであります。私どもはこれまでのように、この社会の安全が科学技術の進歩によって担保されているという神話を単純に信じることができなくなっているのであります。皆さんがいままさに乗り出そうとしている先は、Turbulent Water すなわち荒ぶる海なのです。

 しかしながら、そのように怒涛逆巻く嵐の海に船出する皆さんには、その航海に堪えるだけの訓練がなされており、船には航海に必要な機材が積み込まれているということを信じていただきたいと思います。修士や学士という学位は、そのことの証にほかなりません。みなさんは、それぞれの学位にふさわしい羅針盤(コンパス)とそれを操作する能力を身に付けたはずなのです。装置の機能と、訓練の成果に自信を持って、荒ぶる海を乗り越えて行っていただきたいと切に願います。それは、一言で言えば「自分のアタマで考える」ということです。考えるべき問題を特定し、それがなぜ起きているかについて自分なりに仮説を立て、それが正しいかどうかを、何らかの方法で確認、つまり検証して結論を導いていく。それこそが、皆さんが身に付けた「学問の作法」であります。

 冷戦の対立が終わったから平和と繁栄の時代がやってくるとか、人類の進歩と調和などといった他力本願的あるいは予定調和的な妄想がほぼすべて吹き飛んでしまったこの時代に、怒涛のように襲ってくる困難や問題に、ただやみくもに突っ込んだり逃げたりするのではなく、自分のアタマで考えて適切に舵を切り、フネを無事に、しかし前に、進めていってください。

最後になりますが、学位記とともに、皆さんのお一人おひとりにピンクのバラの花をお贈りしようと思います。例年3月の学位授与式においては黄色い水仙の花が贈られておりますが、季節が季節でありますのでこれに替えてバラの花にいたしました。その花言葉には「上品」「気品」「輝かしい」などいろいろあるようですが、この場の皆さんにもっともふさわしいのは、「誇り」であろうと思います。本学で皆さんというフネに羅針盤が積み込まれたのだという事実に、誇りを持っていただきたい。そしてその羅針盤が指し示している方向は、キリスト教学校である東洋英和のスクールモットー、すなわち「敬神奉仕」という四文字でなければなりません。それは、自分のアタマで考えるときの出発点でもあり、ゴールでもあります。そして、「ナントカ・ファースト」といった虚勢や妄言の対極に位置します。みなさんの航海の無事を祈りつつ、これを以て私の式辞といたします。

2018915日 

東洋英和女学院大学

 学長 池田明史

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