いまどきの女子大で教える

2012年03月21日

国際協力研究科 滝澤 三郎

takizawas.jpg 2008年にUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)駐日代表を最後に28年の国連勤務を終え、2009年の4月からは東洋英和女学院大学で、国際機構論や移民・難民問題を教えている。女子大で教えているというと友人などにうらやましがられるが、実際、桜が満開の春、色とりどりのスカートを翻して歩く女子学生に囲まれたり、大教室で200人以上の女子学生の視線を一身に集めると(服装をチェックされる)、竜宮城もかくあらんか、と思ってしまう。着任早々に教員の集まりでそういう発言をしたら、全教員の視線を一身に集めた。竜宮城はセクハラ的、時代錯誤的な不適切発言なのだそうだ。
 東洋英和はいわゆる「御嬢さん大学」でミッション系の女子高から来る学生が大半だ。1990年前後に生まれた彼女たちは、経済的には苦労知らずで育ってきた。加えて「ゆとり教育」もあって比較的のんびりとした環境で、素直に育ってきたという感じの学生が多い。数多い推薦入学者は、厳しい受験競争も知らない。ある学生が、自ら「私はすくすくと育ちました」と言ったのに驚いたことがある。
 学バスに乗り、学生の会話を耳をダンボにして聞いていると、彼女たちは「BBC」に強い関心があることが分かる。つまり「バイト、ボーイフレンド、サークル」だ。早くして父親を亡くし、生活と勉強のためバイトを強いられた元「苦学生」の私としては、遊ぶためのバイトは極力減らし、「勉強、ボーイフレンド、サークル」のBBCをして欲しいと思うのだが、いまどきの女子学生に「苦学生」という言葉やイメージは死語だろう。 
 大学進学率が50%超え、「大衆化」した大学は、大学進学率が2割前後だった私たち団塊の世代時代のそれとは大きく違っている。文科省の方針で、1コース半年間の授業回数は15回、休講は原則として補講でカバーすることになっている。休講になると皆が喜んだ時代は去った。殆どの大学で起きているようだが、「ゆとり教育」の予期せざる効果もあって、学生の平均的学力の低下は著しい。基礎知識や数学の能力がないものが多いから、経済学や法学などの科目は「難しい」として学生に敬遠される。
 女子学生は一般に授業に真面目に出席するが、1、2年生の授業では女子高の雰囲気も漂う。1年生の授業は「高校4年生」を教えるつもりになった方がいい。私は、毎回の授業の終わりに、学生にB5で1ページのコメントを書かせるのだが、噛み砕いて図解入りで説明しないと「今日の授業は難しかったです」といったコメントが出てくる。理解できなかった自分よりも、わかり易く説明しない先生の方に責任がある、という発想らしい。確かに、教師が教育というサービスを提供する「サービス・プロバイダー」であると考えれば、学生が理解できない授業をする教員には「サービス瑕疵責任」があることになるだろう。
 さて、外観は華やかな女子大生だが、3、4年の「就活生」の内面は灰色だ。「就職氷河期」と言われる厳しい就職状況を彼女たちは肌で感じている。「バブル経済」などは古語辞典に載りそうな用語になってしまい、就職難はこの先もずっと続くだろうという見通しのため、2年生以下の学生も不安を持つ。「就職氷河」は女子大では特に冷たく厚い。緩やかな生活に慣れ、競争には不慣れな女子学生は、初めて経験する厳しい就職戦線で、他大学の学生、特に男子学生と競い合うことには自信がない。最近では、グローバル戦略を採る企業は候補者選別を厳しくして、採用も国際的に行う。ハングリー精神に燃え、かつ英語もできる中国人などの留学生と競争するとなると、お嬢さん学生はなおさら怖気づく。
 そのような中で、彼女たちに刺激を与え、結果的に「喝」を入れることになっているのが難民問題や貧困問題の授業だ。祖国からはじき出され、受け入れ国でも安住の地を見つけれない1500万人に上る世界の難民の境遇や、小学校にも行けない7000万人とも言われる「児童労働者」の実態は、彼女たちとっては大きな驚きだ。今まで空気のように意識していないで来た自分の生活がいかに恵まれたものであったか、国際的には彼女たちの生活は例外中の例外に属することに初めて気付く。自分の弟や妹の年代の子供たちが、厳しい境遇にも関わらず頑張っている姿を見ると、彼女たちは「日本に生まれてよかった」と思い、大学まで出してくれた親に感謝の気持ちを持つようになる。自分の緩んだ生活態度を大いに反省し、罪悪感を感じる学生もいる。
 時々あるのが、「就職などのことで不安になり、心配していた私の悩みなんてちっぽけなものだと気が付きました。学校に行きたくても行けない子どもたちのために、私は授業中に居眠りしたりせず、もっと勉強します」といったかわいいコメントだ。そして一部の学生は、「私にできることをしてみたい」、と行動に移る。手軽な募金をするものが多いが、ボランティア活動に参加したり、NGO活動を始める学生もいる。2011年には3つの学生ボランティア団体が学内にできた。
 その意味で、貧困問題や難民問題を学ぶことは、彼女たちの人生に小さからぬ影響を与える。日本の国境の外で起こっている地球規模の問題を知ることが、BBC的生活に安住していた自分の生き方を反省し、自分の小さな世界から外に飛び出してゆく勇気につながってゆく。
 今20歳の女子学生の4分の1は生涯未婚のまま、という国立社会保障・人口問題研究所の推計があるものの、東洋英和女学院の卒業生の多くは20数年後には母親となっているだろう。学院のモットーは「敬神奉仕」だが、私の願いは、母親となった彼女たちが、日本が世界の中で置かれた立場をいつも意識していることだ。中学生ぐらいになった娘に、「お母さん、テレビニュースでやっていた.…って何のこと?」と問われた時、それなりに説明できるような視野が広い女性になることだ。そして、人の痛みに敏感で、弱い立場にある人々のために何かをする行動力もある女性に育って欲しいと思う。
 大学で教えられる知識の量など知れたものだし、すぐ陳腐化する。大切なのは、教員が学生に社会への目、世界への目を開く「きっかけ」を与えることだと思う。人が伸びることを信じ、その「きっかけ」を与えることの大切さは、大学だけでなく、大学院や小中高など教育一般に当てはまることではないか。

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