英語の教育
2011年08月01日
学長 村上 陽一郎
昔話だが、小学校三年生の私は、疎開先の信州で敗戦を迎えた。何とか帰京したときは、そもそも通っていた学校がなくなっていた。翌年、有志の先生方数人が、それぞれ自宅を開放して、寺子屋式に少数の生徒を受け入れて下さるようになった。二学年上には僅か生徒は一人という有様だった。教室そのものも含めて万事手造りの教育のなかで、級友のK嬢の母上に、一週一回英語を教わることになった。
カードによる英字の書き方と並んで、先生は、英語の童歌に類するものを、次々に教えて下さった。最初は<Eeny, Meeny, Miny Moe>だった。いろいろヴァージョンはあるようだが、記憶にあるものを文字化すれば、次のようになる。
Eeny, meeny, miny, moe,
Catch a tiger by the toe,
If he hollows, let him go,
Eeny, meeny, miny, moe.
日本での「どれにしようかな、天神様の言う通り」と同じで、数え歌である。脚韻を踏んで、口調がよいので、意味や文字は判らなくとも、簡単に覚えてしまう。メロディのある歌では<Pat-a-cake>というのがあった。メロディも美しく、親しみ易い歌である。覚えている歌詞は次の通り。
Pat a cake, pat a cake, baker’s man,
Bake me a cake, as fast as you can,
Pat it and prick it and mark it with “T”,
Put it in the oven for Tony and me (refrain).
言うまでもないが、このヴァージョンでは最後の人名がTonyなので、前段の最後が<T>である。もう一つ覚えているのは、メロディも歌詞も奇抜さが印象深い、『マザーグース』からの一節である。
Hey, diddle, diddle, the cat and the fiddle,
The cow jumped over the moon,
The little dog laughed, Wah, ha, ha, ha, ha,
To see such sport, Oh, ho, ho, ho, ho,
And the dish ran away, ran away,,, with the spoon.
なぜ、くどく歌詞を再現したかというと、無論その後英語の書き方を学ぶ間に、文字化することができるようにはなったが、これらの歌詞はすべて九歳の子供の心に、音として焼き付いたものであることを書きたかったからである。その際、歌詞は読めないのだから、もちろん楽譜はぬきで、ちょうど母語を口移しで学ぶように、学ぶことしかできない。そこから、日本語にはない英語の音韻体系を身につけることができたように思う。中学に入って正規の英語の授業が始まったとき、子音が連なる場合(上例で言えば<prick>の<pr>)や、<l>と<r>の区別、<th>の発音などに自然に対応できたのは、まさにこうした歌のおかげだった。もともと韻文は、散文的文章よりも記憶に適している。ましてメロディがついていれば、なおさら記憶に入り易い。その意味で、六五年以上も前の小学校の英語教育の有り難さを、今になって思い出している。








