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2017年度3月期学位授与式 式辞

修士号の学位を授与されて、本日ここに晴れて東洋英和女学院大学研究科を修了されるみなさん、おめでとうございます。研究と社会人生活・家庭生活とを両立させてきたみなさんのこれまでのご努力に対し、衷心より敬意を表したいと思います。ご家族の方々もさぞお喜びのことと拝察いたします。また御来賓の皆様には、ご多忙のなかをご参列いただき、こころから感謝申し上げます。

 さて、みなさんも御承知の通り、この東洋英和女学院の建学の理念は、「敬神奉仕」の四文字に象徴されております。このあと御祝辞を賜る当学院の深井智明院長が調べられたところ、このスクールモットーが公式に制定されてから今年は90年目にあたるということです。東洋英和は幼稚園から大学院まで、初等・中等・高等教育、それに生涯学習までをフルセットで備えている教育機関でありますので、そのすべてに貫徹する指導理念がこの四文字にほかなりません。

もとより、この理念を具体的にどのように伝えていくかについては、人間のそれぞれのライフステージに合わせて、各学部・段階で工夫がなされているわけです。成人の、それも社会人を主たる対象とする本学大学院において、この言葉は、具体的にどのような意味内容を持つものと考えればよいでしょうか。もちろん、社会やこれを構成する人間は多様でありますから、もともと社会人であるみなさんにとって「敬神奉仕」の解釈もまた多様であり得るのかもしれません。私自身はこのスクールモットーを抽象理念としてではなく、そこから現実社会で行動する際の実践的な指針を引き出せる、いわば引照基準(Frame for Reference)として位置づけられるのではないかと考えています。そのことを少しお話して、私からの餞の言葉とさせていただきたいと思います。

 「神を敬う」ということは、真理に対して謙虚に向き合うことを前提としますし、「人に仕える」ということは、他者との間の真摯な対話が不可欠の要件となります。そのように考えれば、「敬神奉仕」から、現代的な行動指針として、いま流行りの言葉でいうところの「コミュニケーション能力」を導出できるのではないでしょうか。

 コミュニケーション能力を要素分解すれば、「人の意見を聞く能力」プラス「自分の意志・意見を人に正確に伝える能力」イコール「人を言論で説得する能力」ということになります。つまり、「意見の異なる人たちと議論をしながら合意形成をしていく能力」にほかなりません。世の中には、自己主張の強い人、弁の立つ人、舌鋒鋭い人、他人を批判するのが得意な人というのはたくさんいるのですが、そういう能力はコミュニケーション能力とは無縁のものです。コミュニケーションとは、単に一方的に伝えるだけではありません。文字通り、「相互に伝え合う、連絡し合う」ということであり、「話す、すなわち伝える能力」と「聞く、すなわち理解する能力」の双方がなければ成立しないのです。そしてこの「話す能力」「聞く能力」が機能する大前提は、相手を認め、信頼するということです。相手との間に最低限の信頼関係が存在していなければ、コミュニケーションは成り立ちません。したがって相互理解、つまり合意も形成されません。そのような最低限の信頼関係を一文字で表した言葉が、いまからちょうど7年前のこの時期以降、頻繁に人口に膾炙するようになりました。「(きずな)」という一文字です。

 皆さんはそれぞれ、学位論文の審査に合格されてこの場に臨んでおられるのですから、「理解する能力」と「伝える能力」とを併せ持っていることは自明であることになるのでしょう。願わくは、神すなわち真理との絆と、そして人との絆とを常に意識の上に置くようにという東洋英和の建学理念「敬神奉仕」の四文字の下に、みなさんのコミュニケーション能力を遺憾なく発揮してご活躍ください。

 最後になりますが、大学から学位記と共に修了生お一人おひとりに黄色いスイセンの花をお贈り致しました。これは幼稚園から高等部までの卒業式では古くから行われている慣行で、その起源は戦前にまで遡ります。東洋英和所縁(ゆかり)の地であるカナダでは、黄色い水仙は主であるキリストの受難と復活を記念するこの時期に一面に咲き誇るところから、レントリリー(「受難節の百合」)とも呼ばれる花です。願わくはみなさんが、この一輪の黄水仙に込められた東洋英和のスクールモットーである「敬神奉仕」の四文字を革めて胸に刻んで、船出して行っていただきたいと思います。みなさんの航海の無事を祈りつつ、これを以て私の式辞といたします。

2018317

東洋英和女学院大学

学長 池田明史

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