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2016年度後期大学院入学式 式辞

式辞

 東洋英和女学院大学の大学院に入学された皆さん、このたびは誠におめでとうございます。十分にご承知のことと思いますが、本学の大学院は社会人対象の夜間大学院であります。皆さんは、職場や家庭において社会人としての責任を果たしながら、ここで専門的な知見の獲得と学問的な研鑽を積まれようと決意されているはずです。何よりも、その志に対して心よりの敬意を表したいと思います。

 この大学院の母胎である東洋英和女学院は、1884年の創設ですから、今年で132年目に当たります。大学院は英和ファミリーのなかでは最も新しいメンバーで、大学本体の開学より四年遅れて1993年に出発いたしました。爾来、二つの研究科を併せますと今日に至るまで累計で八百名になんなんとする学術修士および学術博士の学位を授与し、学院の建学理念である「敬神奉仕」をそれぞれの領域において具体的に実践する有為の人材を輩出してきたという自負を持っているところです。学院の先達として数年前にNHKの連続テレビ小説のヒロインとなった村岡花子女史も、あるいは彼女の「腹心の友」となった柳原白蓮女史も、時代に屹立した女子高等教育の先駆けであり、また時代を先取りした女性の生涯教育の先駆者であったと位置付けられております。その意味では、英和のなかでも最も歴史が浅い存在であるとはいえ、現代の学校教育システムの頂点に位置し、さらには社会との接点を保ちながら実力の一層の涵養を目指す夜間大学院こそが、彼女たちの正統な後継者であるという見方もできなくはありません。皆さんには先ず以てそのような誇りと矜持を抱いていただきたいと願います。

 さて、皆さんが入学される国際協力研究科に関連して、ひとつ話題を提供しておきたいと思います。つい数ヶ月前の事件ですが、バングラデシュの首都ダッカで「イスラーム国」を名乗る過激派集団に日本人を含む20人内外の人々が殺戮されるという出来事がありました。この「イスラーム国」なるテロ集団は、中東や北アフリカ、あるいはヨーロッパ、アメリカ、アジアなど、ところ構わず、そして誰彼なく惨殺して回るという点で、従来のテロ組織や運動と異質な性格を持っているようです。殺された日本人は、いずれもバングラデシュの発展のために尽力していた国際協力のエキスパートたちでした。この事件から汲むべき知見はさまざまにあり得ましょうが、国際協力という言葉や仕事が、もはや美辞麗句で飾り立てられた「きれいごと」ではあり得ないという現実を私どもが突きつけられた事実は動かないでしょう。国際協力や平和構築といった、これまで誰もが漠然とした憧れを持って眺めていた領域の実際の活動は、文字通り身体を張り、命を張った遣り取りの中で遂行されているのです。日本の中に解決しなければならない多くの問題を抱えていながら、わざわざアジアやアフリカの地の果てまで出掛けていって、流血沙汰を覚悟しながらその地域のひとびとのために懸命に働くことの意味はどこにあるのか。あるいは、「平和のためには戦争も辞さない」というロジックのどこにどのような落とし穴があるのか。大学院において皆さんに求められるのは、このような単純な問いを徹底的に「詰めて考える」という作業に他なりません。考えるべき問題を特定し、それがなぜ起きているかについて自分なりに仮説を立て、それが正しいかどうかを、何らかの方法で確認、つまり検証して結論を導いていく。それこそが、皆さんがこれから獲得すべき「学問の作法」であります。

 ダッカ事件のような現実の脅威は、実は複雑で錯綜したさまざまな要因の総和としてもたらされます。これに対して世間一般は、ともすれば物事をシロとクロとに割り切る単純明快な説明を求めるのです。「イスラーム国」が喧伝するイスラームは、彼らが妄想するイスラームであって、多くの場合伝統的なイスラームの世界観とは相容れません。にも拘らず、浮足立って「ついに文明間の衝突が出来した」というような集団ヒステリーが拡がっていく構造をわれわれの社会は内在させています。皆さんが学問の作法を身に付けることの効用の大きな一つは、ここにあります。世間の人々が雪崩を打って一方の方向に傾こうとするときに、「ちょっと待った」と言ってこれに異を唱える。そのような異化効果こそが学問の効用であり効能なのです。

 皆さん、東洋英和女学院大学大学院にようこそ。私どもは皆さんの御入学を心から歓迎します。願わくはここでの研鑽が、英和の先達たちと同様に、皆さんの今後の人生を支える柱となるものでありますように。この切なる願いを以て、私の式辞といたします。

2016年9月17日

東洋英和女学院大学 学長

池田明史

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