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「地域研究」、外国を研究することの面白さ

2013年09月19日

国際協力研究科 望月 敏弘

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東洋英和の大学院・国際協力研究科は、カリキュラムにおいて大きく三つの学びに内容が分けられる。一つは「国際協力」領域、二つ目は「国際社会」領域で、毎年、これらの分野を学ぶために入学してくる学生は少なくない。そしてもう一つが、「地域研究」領域である。こちらは、国際協力・国際社会領域に比べて案外知られていないが、本学には、アメリカ、ヨーロッパ、中近東、アフリカ、北東・東南アジア、日本などを対象に、国際政治学会など学問の世界で活躍する、世界各国・各地域の専門家が、規模の大きな大学院にも見劣りしない人員でそろっている。
因みに、私自身が担当しているのは北東アジア地域(中国・台湾)である。例えば、この2年ほどの間に、「中国の民族政策―1959年の反乱と2008年の騒乱から見たチベット問題」、「改革開放政策の推進と日本の対中経済協力の役割」、「現代中国における青少年犯罪問題―政府の対策を中心として」といった様々なテーマで、3点の修士論文の作成指導にかかわった。これらの修論は、社会人の方が仕事と両立させながら作成した成果であり、留学生がアルバイトをしながら、日本語文献と格闘しつつ到達した成果であった。修論を完成させ、清々しい表情で卒業式を迎えた修了生の姿は、とても印象に残っている。
さて、本小論では、以下、地域研究領域、すなわち海外の国や地域を学ぶことの楽しさを、私自身の海外での実体験を踏まえて、少しだけご紹介してみたい。大学時代、ヨーロッパ、とくに現代ドイツ研究をしてみたいと漠然と考えていた私は、ゼミ選択の際に出会った一人の中国研究者によって、あまり興味のなかった近・現代中国に関心を転換させた。その指導教授からは、平易に語り書くことの重要性、そして対象を深く考察するためには、同時に対象との距離感を保つことの大切さを教えられた。熱をもって対象にのめり込むことが、当時の中国研究者の多くには当たり前で、難解な文章表現を好み、外見・雰囲気から「いかにも」という特徴があった。こうして、基礎文献の読み込みから、またドイツ語をやめて中国語を遅れて学習することから、中国への学びをスタートさせた。
学生時代に留学するチャンスを得られなかったが、本学に職を得てすぐに、外務省から現地(上海)での研究・実務の機会を与えられた。1990年代前半、すでに足元のおぼつかなくなった、最高指導者・鄧小平の「南巡講話」というスピーチ一つで、中国全土が開発ラッシュに動き出した時であった。鄧小平が最重要視した上海は、その激動の中心にあった。現在、学会では、1992年が現代中国の大きな転換点となったことがほぼ確認されている。また、日中関係においても、特別な機会に接した。天皇皇后両陛下の訪中であった。日中双方の政府間出先でのやり取り、迎える中国社会の微妙な空気、訪問期間中の出来事など、活字からは絶対に分からない、現地感覚、現場の面白さであった。
中国では、上海に拠点を置き、中国各地には国内便で出張を繰り返した。現地の生活から、たくさんのことを学んだ。遅ればせながら懸命に学習した中国語(標準語)は、多くの地域においてほとんど通じなかった。言語の多様性への配慮が不十分であった。また、在外公館の中国人スタッフはエリートであるにも関わらず、彼らから「謝罪」表現に出会うことはめったになかった。軽くはない文化ショックを受けた。さらに、交通ルールは聞きしに勝る状況であった。高速道路の真ん中に物売りのおじいさんがいた。かなり幅広い道路を妊婦が普通に信号を無視して渡った。もっとも当惑したのは、在学中の教え子が東洋英和の近況を伝えてくれた手紙である。美しい封筒には、開封された跡が残っていた。一教員ではなく、外務省に移っていたとはいえ、異なる政治体制に違和感を覚えた。
その一方で、日本社会とは違った「解放感」や「ゆとり」も現地生活で味わうことができた。春節(中国の正月)の花火・爆竹が、走っている私の車に向けて放たれた際は、思わずニコニコしてしまったが、帰宅後、ニュースを見たら、街中で火事が多発していて、火傷した人々の様子が病院から生中継されていた。また、交通違反をしてしまった際に、知人から少し話を聞いていたので、警官に罰金を値切ってみた。関西人でない私には、上手に値切れた自信はないが、これは成功した。少し混沌として、融通無碍の不可思議が、中国社会には明らかに存在していた。現地で、初めて知ったことである。
いま、日中関係は1972年の国交正常化以来、最悪の状況にあるといわれている。グローバル化が進み、日本と中国の間では空間・時間などの物理的距離は縮まったが、一方で、精神的距離はどうだろうか。言論NPOによる最新の「日中共同世論調査」(2013年8月5日公表)では、相手国によくない印象をもつとの答えが両国民ともに初めて9割を超えた。過去9回の調査で最悪の結果だという。今後、相互の国民間の「こころの距離」はどうしたら縮められるのだろうか。中国側の問題はひとまず別にして、私たち日本人には、相互交流の長さから、隣国・中国についてよく分かっているという無意識の前提はないだろうか。本当に相手のことを理解できているのだろうか。地域研究は、対象地域をトータルに把握しようと試みるアプローチである。他者(中国)を完全には理解することができなくとも、よりよく理解しようとすること、そして、他者と同じ見方にはならないものの、他者の視点から自ら(日本)を見つめ直そうとすることは、日本人の将来にとって不可欠の営為だと思う。地域研究とは、とても大切でかつ面白い学問領域であり、向学心に溢れ、好奇心に富んだ学生を、六本木のキャンパスで今まで同様、静かに待ちたい。
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