2013年03月05日
国際協力研究科 池田明史

前回までに指摘した「アラブの春」の各国内政上ないし国内社会的な攪乱要因は、中東地域に固有のアイデンティティ政治状況によってさらに拡幅され、域内の国際関係に波及する。汎アラブ意識や汎イスラーム意識といった
超ナショナルな次元のアイデンティティ、シーア派・スンニ派、あるいはクルド、アルメニア、パレスチナなどの
準ナショナルないしサブナショナルかつボーダーレス的な規定の対象となる宗派・民族的アイデンティティ、さらに最終的には部族・出自地域にまで還元されうる血縁地縁的な帰属意識など、中東においては各レベルのアイデンティティが複雑に錯綜している。その時々の与件や情勢によって、そのように重層化しているアイデンティティの中から前景化する表層が目まぐるしく変遷してきたのが中東の現代史にほかならない。その意味では、一般的な国際関係の理論モデルを留保なしに中東に適用するのには慎重を期す必要があろう。例えば、中東の国際政治を分析する上で比較的頻繁に用いられるリアリズム論の理念型では、国家の対外政策の究極目標は自己保存、すなわち独立と安全保障との保全にあり、当該国家はこれを域内外の国際システムにおける勢力均衡をはかることによって達成しようとすると規定される。その際、個々の政策は、当該国家の物理的な国力の現実(規模・人口・地勢地誌・資源・兵力量
etc.)によって半ば自動的に規定される国益の損得計算に基づいて決定されるというように、意思決定主体としての国家をある種ブラックボックスとして措定する。このような枠組みでは、当該国家の為政者自身や彼に対して直接間接に圧力を行使しえる国民大衆の心情的傾斜や先験的選好といった要素を分析の射程に取り込めなくなるため、既述したように濃厚なアイデンティティ政治の性格を帯びる中東の国際関係の把握に齟齬が生じる可能性を排除できない。
言うまでもなく、エジプトやモロッコといった伝統的にそれなりのまとまりと帰属感を備えてきた事例はむしろ例外的で、大多数のアラブ諸国は欧州列強の帝国主義的分割の結果出現した人工構築物である。それぞれに異なる領域内部の社会的亀裂を架橋し、多岐にわたる部族や宗派、エスニック集団を権力的、強制的に同質化するプロセスが、これら諸国の国民統合と国家建設の内実であった。対内的には権威主義的な強権支配体制が、対外的には反帝国主義・反シオニズムの統合シンボルが、いわば相互補完的にそうした目的を達成するための必要欠くべからざる装置として作動してきたのである。そのような観点から「アラブの春」を位置付ければ、この変動が強烈に指向した脱強権支配、自由化、民主化のベクトルが、従来の対外的な反欧米・反イスラエルの契機にどのように波及するかはさしあたり今後の注目点となろう。あるいはさらに進んで、少なくともいったんは統合されたかに見えるそれぞれの国民国家的な枠組みは所与として前提にされるのか、それともそうした枠組みそれ自体が問い直されることになるのかという問題も、長期的には残される。すでに2003年に欧米有志連合によって「外から」サダム・フセインの強権支配が打倒されたイラクでは、アラブvs.クルド、スンニ派vs.シーア派というアイデンティティ政治上の対立抗争が常態化し、今回の「アラブの春」によって「内から」アサド父子の世襲権力政権の打倒が目指されているシリアでも、内戦は次第に宗派間抗争の様相を強めつつある。同じく「アラブの春」で「内と外から」すなわち内戦とこれに対するNATO主体の介入によってカダフィ体制が解体されたリビアでは、トリポニタリア、キレナイカ、フェザーンの伝統的な地域的・部族的対抗関係が復活したかに見える。打倒の対象となったこれら三国の独裁体制はそれぞれ英・仏・伊の植民地主義的領域支配をそのまま受け継いでいた事実、および本質的には同様の事態を抱えていると考えられるヨルダン(ベドウィンvs.パレスチナ人)、イエメン(南北部族対立)、バハレーン(シーア派vs.スンニ派)などの状況を踏まえると、現在進行中のアラブ世界の政治変動を歴史的な脱植民地化闘争の新たな局面と捉えようとする見方にも、それなりの根拠が認められるのである。つまるところ「アラブの春」の中東国際関係における含意は、原理的には既存の国民国家的統合のベクトルと、これを攪乱する越境的なベクトルとのせめぎあいの帰趨をどう見るかというところに逢着するように思える。
現在の中東国際情勢が見通しづらいのは、主要な主権国家間のパワーゲームがここに述べてきたような域内アイデンティティ政治と錯綜して展開されているからにほかならない。そこでは、イラン・イスラーム革命政権の封じ込めやパレスチナ国家樹立によって中東主権国家体制を維持し完結させようという、いわば強く現状維持を志向する勢力と、これに対抗してイラン包囲網を突き崩し、パレスチナ解放闘争を貫徹しイスラエル国家を解体しようとする現状打破勢力とが、厳しく鬩ぎ合っている。この視点を基軸として全体の情勢を観望すれば、主要アクターであるそれぞれの国家が、「アラブの春」を契機として噴出しつつあるアイデンティティ政治の回路を国益極大化のための手段として活用しようと躍起になっているかに見えるのである。
サウジアラビアその他の現状維持陣営は、第一に動乱が自国内に波及することを抑止し、第二には現状打破勢力の伸長を牽制防止するという目的のもとに、動揺するアラブ諸国の内政に直接間接の関与を強めることになった。バハレーンやヨルダンでは体制権力の保全に向けて、リビアやシリアでは反体制勢力の奪権支援に向けて、有形無形の工作が展開されたのである。そもそも現状維持と現状打破という二つの陣営間の競合とは全く関係のないところで生起した「アラブの春」は、ここにこれら両陣営間の対抗関係と結びつくことになる。さらにそれは、地域のアイデンティティ政治と重なって、イラン=イラク=シリア=ヒズボラというシーア派枢軸に対抗するサウジアラビアなど湾岸諸国(GCC)=ヨルダン=エジプトその他のマグレブ諸国のスンニ派連合という色彩を帯びることになった。その典型的な「草刈り場」と化したのがシリア内戦にほかならない。
シリア内戦は、もともとは世俗主義的統合原理に立つバアス党支配下での既得権益に関わる受益層と疎外層との対立が、次第にアイデンティティ政治的な対抗図式の中に囲い込まれ、権力中枢に蟠踞するアラウィ派および他の宗教宗派的少数派との連合と、多数派を占めるスンニ派との間の闘争という色彩を強めてきている。そしてそのようなシリア内部の体制支持派と体制打倒勢力との対抗関係が、既述のような域内国際関係における現状維持陣営と現状打破陣営とのせめぎあいと接合され、同時に「アラブの春」で刺激された地域的なアイデンティティ政治の外皮を纏うことになった。そこでは、アラブの一国であるシリアの統制を巡って、イランとトルコという非アラブの両国が、また「アラブの春」を生き抜いてきたサウジアラビアと、「アラブの春」で政権が交代したエジプトというアラブ世界の両雄とが、直接間接に錯綜した関係を切り結んでいる。そしてそこには、各主要アクターが自身の国民国家的な権益の維持拡張を、アラブや非アラブ、あるいはスンニ派やシーア派といった、すぐれて越境的な回路を操作することによって達成しようとする逆説が存在する。その意味では、内戦の波及を抑止するための介入や関与が、むしろ波及の促進要因を創出する惧れもなしとしない。
このように見てくると、リビアやイエメン、あるいはバハレーンなど、同じく「アラブの春」に揺れる他の内戦・争乱事例と、シリアのそれとは国際関係への含意という点で明確に区別されねばならないことが理解されよう。シリア内戦の帰趨は、社会的亀裂を幾重にも含み込んでいる隣接諸地域に混乱が波及しかねず、また中東地域におけるパワーセンターそれぞれの影響力の消長に直結すると認識されているからである。ヒズボラのシリア内戦関与はそのままレバノンにおける宗派間の緊張関係の昂進に跳ね返りかねないし、トルコやイラクはシリア北部のクルド人勢力の動向が自国内のクルド人組織の活動活発化につながることを警戒せざるを得ない。加えて、イラクはシリアでアサド政権が打倒されればそれが自国内で巻き返しをはかるスンニ派を勢いづかせると考えていよう。逆に、アラビア半島におけるシーア派の反乱を懸念するサウジアラビアなど湾岸諸国は、アサド政権の没落がその封じ込めを容易にし、シーア派の背後にあってスンニ派王政・首長制の打倒を使嗾していると看做すイランの意図を挫くことができると信じている。ムスリム同胞団が奪権したエジプトは、シーア派イランのイスラーム革命体制と一括されることを嫌い、サウジアラビアをはじめとするアラブ同朋諸国との連携を重視して、シリア内戦においては反アサドの旗色を鮮明にしつつある。ヨルダンは、内戦の自国への波及が伝統的なベドウィン系とパレスチナ系の顕在化させかねないことを危惧し、表見的には不関与の姿勢を貫いているが、アサド政権に一片の同情も寄せていないことは明らかである。かといって、アサド後のシリアがエジプトと同様にムスリム同胞団などイスラーム勢力に奪権される展開もまた恐怖の対象となる。シリア内戦はまた、同国のパレスチナ難民を再難民化させ、彼らの問題を通じてイスラエル占領支配下とパレスチナ自治政府、およびハマスの実効統治下にあるヨルダン川西岸やガザにおけるパレスチナ人の憤懣を噴出させる契機にもなり得る。かくして今後のシリア内戦については、各国の国益とアイデンティティ政治とが錯綜し、それぞれに厳しくせめぎあう展開が予想される。そうだとすれば、リビアの事例、あるいはバハレーンの事例のような外部勢力の直接的介入は事態をいっそう紛糾させるだけに終わる蓋然性が高い。「保護する責任」を掲げてリビアに介入した国際社会が、より深刻な人権被害の下にあるシリアへの介入を忌避するのは二重基準にほかならないとする批判の一方で、介入それ自体が事態の収拾につながらず、むしろ周辺に混乱を振り撒く危険性すらあることを勘案すれば、介入慎重論にも一定の論拠が認められるのである。
さて、ここまで「アラブの春」を振り返ってその意味するところを「再考」してきたわけだが、これを踏まえて我が国としてどのように対応すべきかについて若干の論点を指摘し、このコラムを擱筆したい。何よりも先ず、中東の主権国家体制の安定が我が国にとって極めて重要である点を確認したうえで、それら諸国家の政治的正当性が真の意味で民意の裏付けを持つこと、すなわち権威主義的支配から民主主義的合法性への移行を果たす限りにおいて、一連の変動は中東の安定を長期的に担保し、したがって我が国の国益に資するという認識を持つべきであろう。すでに体制移行過程にあるチュニジア、エジプト、リビアはもとより、オマーン、モロッコ、ヨルダンなどで動き始めている民主化ないしその定着に向けての努力を積極的に後押しする政策が、当然求められよう。同時に、熾烈化の一途を辿っているシリア内戦について、その周辺への波及を防止しようとする国際協力体制の構築に貢献することも不可欠である。内戦の早期収拾に我が国が果たし得る役割は限られているが、他方で内戦収束後の復興に向けて何ができるかの検討・研究に着手しておくべきであろう。また、アルジェリアのイナメナス襲撃事件で明らかになったように、今後ともより広範な地域で活動を活発化させると思われるイスラーム過激派など越境的勢力に関する情報の収集・分析の態勢を構築・強化するとともに、欧米および中東諸国との間で情報共有に向けた提携関係を重ねる必要がある。実際、「アラブの春」以降、イスラーム主義勢力の台頭は著しい。しかし、我が国のみならず欧米でもこうした勢力に関する知見は決して十分とはいえない。これらの運動・イデオロギーの顕著な特徴の一つはその多様性にあり、文脈や地域により異なった思想や活動が見られる点に留意するべきであろう。求められているのは、長期的な展望に立って、これら勢力の思想や組織、活動状況に関する知識や情報を収集・蓄積する努力である。そのためにはアラブ諸国でのイスラーム主義運動はもとより、アジア諸国なども含めた多元的・複眼的な越境イデオロギー・運動についての研究を活発化させる必要があろう。