東洋英和女学院卒業部⾨
掲載日:
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職種
クリエイティブ・芸術系 中学部 中高部 人間科学部 大学 大学(⼈間科学部)⼈間科学科 小学部 芸能・マスメディア系 高等部大島 花子
小学部から東洋英和に学び、高等部を卒業。東洋英和女学院大学入学と同時にミュージカルオーディションに合格し初舞台、その後歌手を志し2003年メジャーデビュー。音楽活動を続けるほか、被災地支援、家族の絆、父である故・坂本九氏の福祉活動を通じた教えや、命の尊さをテーマとした講演活動も行う。
「心の瞳」に映る愛と「敬神奉仕」の記憶を歌声にのせて
~2025年9月8日、大島花子さんが、母校である東洋英和女学院中高部でアフタヌーンコンサートを開きました。父である坂本九最後の曲「心の瞳」を通じて命と愛について考え生徒と共に歌うプロジェクトです。コンサート終了後、大島花子さんに、東洋英和で過ごした日々、父である坂本九氏との思い出、今回のプロジェクトへの思い等についてお話をお聞きました。~
在校生とともに母校での凱旋コンサート
2025年9月合唱部とアフタヌーンコンサートを開催
20年以上、大きな舞台もふくめてさまざまな場所で歌っていますが、思い入れのある新マーガレット・クレイグ記念講堂での本当に格別なコンサートでした。生徒時代、楓祭(文化祭)に向けて、みんなで一生懸命、朝練したことも思い出しました。10代の思い出は自分のどこかに刻まれているんだなと驚いています。英和生が大切にしているこの大講堂で、在校生と歌う貴重な機会をいただき、感無量の15分、尊い時間になりました。
幼い頃から家の中に音楽が満ち溢れ、母の日や父の日には、贈り物の代わりに歌を作ってプレゼントしていました。これはどのご家庭でもすることなのだと思っていたら、我が家だけのめずらしいことだったと大人になって知りました。今も私が曲を作って歌うことは、子どもの頃から自然に培われたことかもしれません。
音楽と祈りに包まれた東洋英和と歩む成長の日々
中高部時代の大島花子さん(左)
小学部もとても思い出深いです。学校は父が選んでくれましたし、運動会も見に来てくれるなど、父との様々な思い出があります。小学6年生で父を飛行機事故で亡くしたとき、先生や友達が何もなかったように迎えてくださったことに救われました。そんな多感な時期に中学部に入学し、いま思えば心が不安定だったと思います。この学校では、つらいときは神さまが守ってくださるということを教えてもらいました。そして先生方はじっくりと私と向き合って神さまの愛を教えてくださいました。この学校で過ごした日々は、私にとって本当に幸せな時間でした。
讃美歌が日常的にある環境で過ごしたことは、音楽がとても身近になったきっかけのひとつです。中学部では合唱コンクールもあって、自然と音楽が好きになりました。中学1年生のときに、母がミュージカルに出演しました。夏休みに母のツアーがあって、妹(東洋英和OG舞坂ゆき子氏)とついて行ったんです。ミュージカルを毎日のように観てふれたことで、プロの舞台に立ちたい思いが強くなり、歌やダンスのレッスンに通うようになりました。高等部では楓祭の実行委員長を任せていただき、受験希望の小学生に、在校生が学校を案内するツアーを企画。浪花家さんのたい焼きを仕入れて販売もしました。運動会では応援団長を務め、お祭りごとではわりと目立っていたかなと思います。
大学入学と同時にオーディションを受けて、18歳でミュージカルの初舞台を踏みます。留学にも憧れていたので、夏休みはアメリカのサマースクールに行きました。大学も好きでしたが、外の世界にも目を向けたい学生でした。また、藤村ファンゼロー久美子先生のゼミで、まだ「ジェンダー」という言葉が一般的でなかった時代に、女性学をジェンダーの視点から学びました。英和での生活では当たり前のように女性がリーダーシップをとっていく環境でしたが、社会との違いがあることに気付けました。いま私は発展途上国の女性支援や女子が自分の意思で生き方を選ぶことを支援する団体「ジョイセフ(JOICFP)」の活動に携わっています。また、災害時の女性支援活動にも携わっています。英和での学びがこうした活動とのご縁を結んだのかなと思っています。
「心の瞳」がつなぐ父の記憶と未来へのハーモニー
今回、合唱部の皆さんと歌った「心の瞳」。父がこの曲を持って帰ってきた日のことをよく覚えています。父が新曲を持って帰ること自体が初めての出来事でした。さっそく家族みんなで聞いて「なんてよい曲だろう!」と感動した記憶があります。私はこの曲をピアノで伴奏して、父に歌ってほしいと思って練習していましたが、その矢先に父が飛行機事故に遭い、葬儀のときに弾くということになってしまいました。その後、「この曲を合唱で歌いました」という全国の生徒からの手紙やカセットテープがいくつもの段ボールにいっぱいになる程届きました。母もとても喜び励まされ、家族にとってとても大切な曲となっています。今年は父が亡くなって40年という節目で、私は何がしたいかと考えたときに、この曲を全国のたくさんの生徒たちと一緒に歌いたいと思いました。中高部長の石澤先生に相談しましたところ、コンサートの企画を快諾してくださり、本当に家族のように迎えてくださって、英和の合唱部の皆さんも一生懸命練習してくれました。夏休みには2時間かけて、合唱部に手話を教え、一緒に歌を歌いました。人と人が言葉で思いを伝えることはとても難しいことで、まして音楽で何かを伝えることはとても難しいことです。本当に不思議なもので、音楽には様々な壁を取り払ってくれる素晴らしい力があります。合唱部員の生徒が「一緒に歌うことで、信頼感が築けた」と話してくれて、まさに、それが私が伝えたかったことだと感じました。一緒に演奏することで、言葉にならない思いが通い合う、それをぜひ全国の中高生に感じてもらえるようなプロジェクトに育てていきたいです。
私はいまこうして元気に幸せに暮らしているからこそ、父を亡くしたつらい経験をもとに、どのように悲しみと付き合い乗り越えていくとよいか、全国の講演でお話ししています。もし父ともう一度会えるなら、特別なイベントではなく、亡くなる前日、夏休みに一緒に庭掃除をしたあの日を選びます。あの光景、あの瞬間が、きらきらと心に焼き付いています。変わり映えのない時間、毎日同じことをただ繰り返しているように思う時間、いまある命や日常があるということは当たり前ではありません。どんな瞬間も、それはかけがえのない日常であると伝えていきたいです。
「敬神奉仕」を道しるべに愛を歌う
コンサート終了後、合唱部の生徒たちと
英和の魅力は「敬神奉仕」(学院標語)に詰まっていると感じます。私が皆さんに“愛を歌う”ことができるのは、つらい時期を愛のある英和で過ごせたからこそです。私にとって英和が大好きな気持ちは、単なる母校愛ではありません。英和で本当に救ってもらい、今の自分の土台はここにあったんだなとわかったからなのです。神様の愛がどういうものかを毎日教えてもらい、「あなたは愛されている存在だ」と先生方が伝えてくださる。英和を出てからの人生での私が進むべき道を教えてもらいました。英和は音楽家としてよりも人としてどう生きるべきかを教えてもらった場所です。いつもあたたかい家族のような愛で迎えてくれて、何か心に迷いがあったときは英和での出来事を思い出します。これからも、英和は私の大切な土台だと思っています。
人としてどう生きるべきかをぜひここで感じてほしいです。
大島花子さんの活動について詳しくは、大島花子オフィシャルサイトをご覧ください
※記事中の所属・役職等は各記事掲載当時のものです。
