東洋英和女学院卒業部⾨
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職種
クリエイティブ・芸術系 中学部 中高部 卒業部⾨ 小学部 幼稚園 幼稚園(東洋英和幼稚園) 職種 高等部ナガツミナ
東洋英和女学院中学部高等部を卒業後、薬剤師および放射線取扱主任者の国家資格を取得。医薬品・医療機器メーカー・医療系出版社などで経験を積む。30代後半で発達障がい及び血液がん(骨髄線維症)と診断され、会社員生活を離れ「キノコ写真家」として活動を続けている。 作品はインスタグラム に掲載中。
生の解を求めて ファインダー越しにキノコが伝える命の輪
化学に魅せられて芽生えた問い続ける力
化学部時代のナガツ(左)。秋葉先生の指導と部活動が、私の科学の原点でした。
理科が好きだったこともあり、中学部一年で化学部に入り、高二までの3年間部長を務めました。顧問の秋葉先生と議論しながら学んだ時間は、私の「科学の原点」です。
科学には必ず理由があり、理詰めで結論に辿りつく過程が美しく思えました。特に好きだったのは化学の教科書に載っていた周期表。地球上の物質が一つの表に秩序正しく収まっていることに感動し、眺めるだけでワクワクしました。
一方で、人間関係では不器用なところもあり、同級生との友情が長続きせず落ち込む時期もありました。それでも「好きなことに没頭できる場所」があったことが、その後の人生を支える土台になりました。
英和で育ててもらった「なぜ?」を突き詰める姿勢は、私の人生のベースになっています。
「好き」に正直に、「もっと知りたい」を貪欲に
就職氷河期だったこともあり、国家資格が取れる薬学部に進学しました。勉強は密度が高く大変でしたが、新しい知識がどんどん吸収でき、学ぶ喜びを強く感じていました。
その中でも特に放射線の分野に興味を持ち、大学院に進学して放射薬品学を専攻しました。修了後は薬剤師として働きながら国家資格(放射線取扱主任者)も取得し、放射性医薬品の機器を病院に導入する仕事に転職しました。知識が広がり、そこで夫とも出会いましたが、働き方の課題もあり長く続けることは難しくなりました。
その後、医療系出版社に転職。薬剤師としての経験を「正確な情報を専門家に届ける仕事」に生かしたいと思ったのが動機でした。医療用医薬品のパンフレットや広告の制作、国内外の医学学会での取材、医師へのインタビューなどを担当し、専門家の言葉をわかりやすく編む技術を基礎から学びました。
しかし激務が続き、体調不良とうつ症状が強まってしまい、回復を優先するため退職せざるを得ませんでした。
予期せぬ病が問いかける生
退職後、うつ病治療を続ける中で「発達障がい」と診断されました。学生時代から続いていた生きづらさの理由が腑に落ち、投薬やカウンセリングを通して“落ち着いた自分” に近づけた大きな転機でした。
その後、“もっと好きなものを追いかけたい”という思いが強まり、医療・化学・放射線・出版などの経験を生かし、OTC医薬品メーカーへ転職。医療の知識と文章作成の経験を買われ、新製品開発に携わり、シミに効く薬の新製品の開発を担当しました。大変ながらも最も充実した時期でした。
しかしその矢先、「骨髄線維症」という極めて稀な血液がんが判明しました。徐々に血液が作れなくなる病気で、治療しなければ生存期間中央値は3年と告げられました。幸い新薬で進行を少し抑えられていますが、倦怠感や全身痛、貧血などで会社員として働き続けることは難しくなりました。
正直に言えば、神様を恨みました。「発達障がいだけでも辛かったのに、なぜさらに苦しみを与えるのか」と。でも同時に、“神様は乗り越えられない試練は与えない”という言葉も思い出しました。真偽はわかりませんが、「命の許す限り好きなことをしよう」と思えたことが、私をキノコ写真家の道へ導きました。
キノコそして森が「命の輪っか」を教えてくれた
キノコは子どもの頃から大好きでした。形も色も、生える場所も予測できない、不思議で美しい存在です。写真も学生時代から続けており、「好きなもの二つを合わせて最期の仕事にしよう」と思い、キノコ写真家としての活動を始めました。
キノコの正体は「菌」。倒木や落ち葉を分解して栄養に変え、次の森を育てる大切な役割を担っています。森には不必要なものがなく、命の循環が静かに完結している。その輪の中に人間が入る余白はありません。私はただ、キノコの視点でその循環を「撮らせてもらっている」存在です。
撮影に没頭すると、苦しさや不安を一瞬忘れられることがあります。障がいや病気で息苦しい日々を過ごしてきましたが、ようやく自由に呼吸できる天職を見つけたと思えています。まだ駆け出しで、病気もいつ悪化するかわかりませんが、最期の日までキノコと森を撮り続けたい。そう心に決めています。
自分だけの「輪っか」を見つけてほしい
私がさまざまな仕事に挑戦できたのは、英和で「興味を突き詰め、学んだことをきちんと伝える力」を育ててもらったからです。好きなことを仕事にできたのも、その土台のおかげでした。
人生には、いい日と悪い日が隣り合わせで訪れます。病気になって「自分なんて必要ない」と思う日が続いた時期もありました。子どもも授かれませんでした。でも、今は夫と犬と3人で笑い合える時間があります。泣きたいときは泣いていい。けれど、“今日生きていること”に目を向けてほしいと思います。
高校生の頃の私のように、人間関係などで悩み、「自分は不用品だ」と思ってしまう人がいるかもしれません。それでも、生きることに遠慮はいりません。どんな形でも、生き続けてください。必ずいい日は訪れます。
そして卒業したら、英和で得た知識と経験を武器に、自分の「好き」を思い切り追いかけてください。いまは見えなくても、“あなたの輪っか”は必ずどこかであなたを待っています。
※記事中の所属・役職等は各記事掲載当時のものです。
