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英語教育学研究者

東洋英和女学院卒業部⾨

掲載日:

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職種

中学部 中高部 専⾨系 小学部 教育・保育系 芸能・マスメディア系 高等部

鳥飼 玖美子

東洋英和女学院小学部に3年生から編入、1965年高等部卒業。上智大学外国語学部イスパニア語学科入学。在学中に英語の同時通訳者として活動を始める。卒業後もテレビでの通訳を続けるとともに、ラジオやテレビの英語講師も務める。1989年より東洋英和女学院大学専任講師。1990年コロンビア大学大学院修士号取得(MA)。1997年4月より立教大学教授。2007年サウサンプトン大学大学院博士号取得(Ph.D.)。2002年立教大学大学院に独立研究科・異文化コミュニケーション研究科を創設し、2011年まで委員長。2025年現在、NHK「#バズ英語」の監修と解説を担う。著作多数。

目の前の生徒にとって最も大切なものを尊重する英和の校風

英語のAクラスに残れたことが、その後の人生を決めた

高2修学旅行の洞爺湖でのスナップ

東洋英和の校風は自由だと言われるけど、規則はありました。結構、細かいことを言われましたよね。パーマをかけるのはもちろん禁止だったし、制服の着かたやソックスの長さとか。そういった細かい規則はあるのだけれど、英和生って先生に怒られてもめげない。お説教もどこ吹く風で、先生にあだ名を付けたり、授業中に先生が板書をしている間に紙飛行機を折って飛ばしたり、ずいぶんひどいことしました。今考えると、先生方はその無邪気ないたずらを叱るんですが、罰を与えられたことって一度もないんです。ですから、本当に伸び伸びと過ごすことができました。


早弁なんて日常茶飯事。それも休み時間ではなくて、わざわざ授業中に食べるんです。私、自分が教員になってみて、教壇に立つと一番後ろの席まで全部見えることがわかって背筋が寒くなりました。当時は先生からは見えないと思って早弁していたけど、「先生、ごめんなさい!」と思いました。
でもね、私のすぐ前の席に座っていた友だちは、ずっと手芸をしていたんです。授業中でもお構いなしに、ずっと。先生は気づいていたけれど、全く注意しなかった。彼女はその後、スウェーデン刺繍で日本を代表する大家になり、スウェーデン政府から表彰されるまでになりました。


勉強は最低限しかしませんでしたが、英語は大好きで試験の成績もよかったんです。ところが、中1の最後に実施された「ジェネラルテスト」という期末試験の結果でクラス分けされたら、なんとそれまで在籍していた一番上のAクラスの名簿に名前がない!私は信じられない思いで職員室に行って「私がAクラスに残れないって、どういうことですか?」と聞きました。
英語科主任の吉本先生はすぐに調べて、「あなたね、惜しかったけどジェネラルテストの成績がちょっと足りなかったの。決まりだから仕方ないので、中2から中3に上がる時の成績が良ければAクラスに戻れますから頑張りなさい」とおっしゃいました。普通だったら「わかりました」と引き下がるべきなのでしょうけど、私は納得できず、その場で号泣しました。他の科目は全然ダメでも英語だけは自信があったのに、世の中が終わったみたいに思えてショックだったんですね。
先生は困ったでしょうけれど、足りなかったのはそのテストでの1、2点だったらしく、「他の先生とも相談しなくちゃいけないけど、Aクラスに残れたら、あなたは本気で頑張れますか?」と言ってくださったのです。もちろん、私は「約束します」と答えて、Aクラスで必死に勉強しました。
このことは今でも忘れられなくて、教員になってからの私の指針にもなりました。いったん決めた規則は教員として守らなければならないけれど、目の前の生徒にとって何が一番大事かを考える教育者としての姿勢を忘れてはいけない。吉本先生は、私のことを真剣に考えて信頼してくださった。あの時の先生の温情がなかったら、今の私はいないと思います。

高校生での海外留学を全力で止められた時代

高1の頃からアメリカに行ってみたいという気持ちが強くなり、AFS高校生留学の試験を受験。高3の時に米国に留学しました。今は早い時期からの留学も奨励されていますが、当時の担任は「高校生でアメリカに行ったりしたら不良になってしまいます。大学に入ってから留学しなさい」と猛反対。諦めたくない私は切羽詰まって、「先生には私の人生を決める権利も義務もありません」と生まれて初めて自己主張しました。先生は匙を投げ、「勝手にしなさい!」となったものの、困ったのは担当教員による英文での推薦状。仕方ないので自分で自分の推薦状を英語で書き、先生に見せて署名していただきました。そのくらい、留学したかったんです。
私は10か月間、米国のニュージャージー州に留学し、ホスト家庭に滞在して高校に通いました。初めての男女共学でしたし、アメリカでは高校生は大人扱いなので面食らうことばかり。しかも、皆の話す言葉の量が日本人の何倍も多くて、日本ではおしゃべりとされていた私でさえかなわないのです。この時のカルチャーショックが後年、私を異文化コミュニケーションの研究に導いてくれました。

帰国後は、一つ下の学年の人たちと一緒に卒業。その後も両方の学年の友だちとのお付き合いが続いています。中高一貫校ですから、上下の学年とも顔見知りだったし、さほど違和感はありませんでしたね。


こんなこともありました。確か中3の時、当時流行していた文通というものをしてみたいと思ったんです。私は、英語演劇部の顧問だったカナダ人の若い先生に「誰か文通相手を紹介していただけませんか」とお願いしました。そうしたら「カナダにあなたとちょうど同じ年くらいの妹がいるから、彼女とペンパルになったら?」と紹介してくださり、文通が始まったのです。
その手紙のやりとりで、知らなかった英語の表現だとか、カナダという国についてなど、いろいろなことを学びました。お誕生日やクリスマスにはプレゼントを贈り合ったのですが、彼女から楓の絵が描いてある木の小箱が届き、「カナダの匂いがする」と感激した思い出もあります。


私の経験からもわかるように、英和という学校はかなり自由に、いろいろなことにチャレンジできる環境です。今、在学している後輩たちに伝えたいのは、興味を持ったことはためらわずに試してほしいということ。目標が途中で変わっても構わないし、それも含めて受け止めてくれるだけの懐の深さが、英和にはあると思うんです。
そして、英和時代の友だちは一生の友になるので、大事にしてほしい。

キリスト教は宗教であると同時に、英語圏の文化でもある

礼拝でのお話や聖書の言葉から多くのことを学んだ

英和は言うまでもなくミッションスクールです。中高部の毎朝の礼拝で、キリスト教の教えが身につきます。私は洗礼を受けませんでしたが、心の中ではキリスト教徒だと思っています。人として生きていくための芯があることは幸いです。
心の支えとしてのキリスト教とは別に、英語を専門にしている者にとって、キリスト教を知っていることは強みになります。キリスト教は、西洋文化を理解するために大切な要素のひとつ。英語には、キリスト教が絡んだ慣用句があるし、会話や小説などで聖句がさりげなく使われるのですが、それが理解できるのは、毎朝の礼拝で聖書を読み、讃美歌をうたってきたからです。

学会のアルバイトを契機に同時通訳者の道へ

上智大学外国語学部イスパニア語学科に入学して毎日スペイン語漬けとなり、英語から離れて半年くらい経った頃、たまたま英語の電話がかかってきて英語を話そうとしたのですが、帰国直後のように滑らかに話せなくなっている自分に愕然としました。そこで英語を使うアルバイトをしようと考え、国際がん会議のアルバイトに応募しました。
ところが、英語の試験まであったアルバイトだったのに、仕事は雑用ばかり。そんな中、「同時通訳者の方たちにお茶を持っていって」と言われて同時通訳ブースに行ったところ、20代の女性たちが同時通訳をしている姿を見て驚いたのです。自分は会議場の中にも入れず雑用ばかりなのに、この人たちは最新の医学について英語の同時通訳をしているのだ、と悔しい思いが湧き上がりました。
それから少し経った頃、ジャパンタイムズ紙の求人広告に「同時通訳訓練生募集」が載っているのを見つけて、迷わず応募しました。

研究職への転身とその理由

通訳者は、自分を抑えて発言者になり替わり、発言を忠実に訳すのが仕事です。これは間違った発言だと思っても、勝手に変えることはできず、「私は〜」と発言者になりきって訳さなければならないことが次第に苦しくなってきました。ちょうど3人の子育てで忙しくなっていた頃で、通訳の仕事を受けられないことも増えたため、別のキャリアを考え始めました。
ラジオ「百万人の英語」の講師は続けており、各界で仕事に英語を使っている方にインタビューするコーナーで、大学英語教員の話を聞いたこともあって、大学で英語を教える可能性を漠然と考えたりしていました。


そのような時期に東洋英和女学院中高部の黒川先生から連絡があり、「創立100周年記念事業として4年制大学を創設することになったので、卒業生として教員になって欲しい」というお話をいただいたのです。母校のお役に立てるならと考え、お引き受けしました。
英語教員になると決まってから、コロンビア大学大学院の修士号(英語教授法)を取得して、研究者の道を進むことになりました。通訳者から大学職への転身は、東洋英和のおかげだったわけです。
(2022年9月談、2025年7月メール回答)

※記事中の所属・役職等は各記事掲載当時のものです。

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