東洋英和女学院卒業部⾨
掲載日:
- 幼稚園
- 小学部
- 中学部
- 高等部
- 大学
- 大学院
職種
中学部 中高部 専⾨系 小学部 教育・保育系 福祉・⾮営利組織系 高等部網中 彰子
東洋英和女学院小学部・中学部・高等部卒業後、立教大学文学部キリスト教学科に入学。卒業後、テレビ局の制作スタッフ、日本基督教団の総幹事秘書、聖ケ丘教会伝道師・副牧師、ベテル教会主任牧師、横浜明星教会主任牧師を経て現職。
牧師として、時代に即した教会の在り方を模索する
女性として初めての「総幹事」に任命される
教会もFace Bookやホームページなどを活用するようになっています。私の教会では、YouTubeに簡単なメッセージを載せていました。今後ますます多様化すると思います。
教会の牧師としての仕事から離れて、2023年4月から日本基督教団の総幹事という役職に就いています。教団の執行機関全体を統括する責任者ですが、女性が総幹事を務めるのは私が初めてだそうです。
就任するとき、「北海道から沖縄まで、1,650の教会のことを毎日考える牧師でいてください」と言われました。1,650というのは日本基督教団の教会の数です。人口の減少に伴って、クリスチャンの数も相対的に減っています。現在の教会は、戦後のキリスト教ブームのときにクリスチャンになった人たちに支えられていますが、牧師も信徒も高齢化しています。最盛期は2,000ほどあった教会数も減ってしまい、今後の牧師不足や教会の存続問題をどうしていくかを考え、その助けになるような仕事をすることが私に与えられたミッションです。
まさか自分が牧師さんになるなんて!――小学部時代
我が家はごく普通の家庭で、もちろん両親もクリスチャンではありません。たまたま近所のカトリックの幼稚園に通っていたことから、英和の小学部に入学することになりました。
小学部時代は生意気ざかりでしたから、教会学校の説教で“イエスさまは、5つのパンと2匹の魚を祝福して、5千人の人々を満腹にしました”という話を聞けば「はいっ、それはイエス様のありがたいお話を聞いて、胸がいっぱいで食べられませんでしたっていうお話だと思います」と反発するような生徒でした。まさか、自分が将来、説教をする側になるなんて思っていませんからね。
中学部に進んだとき、母がたまたま母の会の役員を引き受けて、宗教部に所属することになり、母も鳥居坂教会の深町正信牧師(第32代東洋英和女学院 院長)や聖ヶ丘教会の山北宣久牧師のお話を聴く機会ができました。私はひとりっ子だったのですが、あるとき、母に「お兄さんがいたらよかったなぁ」と言ったら、母は私を産む前に流産したことを話してくれたのです。その時に“生まれない命もあるんだ”ということを考えました。
また、中2の国語の教科書に載っていた谷川俊太郎の詩に、こんな一節があったのです。
空の青さを見つめていると
私に帰るところがあるような気がする
教室の窓際の席から空を眺めながら“私の帰るところはどこなのだろう。使命を終えたら、命が始まったところ、神さまのもとに戻るのかもしれない”などと思いめぐらしていました。
そのようなことがあり、誰に強制されたわけでもなく、私は自然と洗礼を受けようと思い始めました。両親も賛成してくれて、イースターの翌週から聖ヶ丘教会に通い始め、中3の15歳のクリスマスの日に受洗したのです。
「牧師になるために必要なのは召命感です」
英和は、本当に伸び伸びと自由に過ごせる学校です。でも、秩序がないわけではなく、その人らしさを認め合うことが“英和らしさ”ですから、これから英和を志望する人には、ぜひそこをわかってほしいですね。自分と人とを比べるのではなく、認め合うことは大切だと思います。だからこそ、英和には「いつでも帰るところがある」という安心感があるのです。
「教会に行きたいんだけど、マニキュアしていっていいの?」――牧師時代、友人から真顔で聞かれました。マニキュアはもちろん、教会はなんだってOKなんです。私は自称“ゆるい牧師”なので、光りモノも大好きですから、アクセサリーやジュエリーも身に着けます。教会はクリスチャンだけのものではなく、公に開かれた場所ですから、誰でも礼拝に出てよいのです。気分次第で、途中で帰っても大丈夫。
日本人は真面目なので、「清く正しくないと教会に行ってはいけない」と考えがちなのですが、そんなことはありません。すべての人は神様から愛されてしまっているのです。人生の中で、いつか神様との対話を求めるときが来るかもしれません。気づいていないけれど、私たちはひとりぼっちではなく、いつも神様がいる。それが伝わったらいいなぁ、と思っています。(2023年3月、談)
※記事中の所属・役職等は各記事掲載当時のものです。
