デトロイト破綻が意味するもの

2013年09月02日

国際協力研究科 中岡 望

デトロイト破綻が意味するもの
 
 デトロイト市の連邦破産法第九条の適用申請は予想されていたことだった。今年の三月一日、ミシガン州のリック・スナイダー知事がデトロイト市の財政危機を宣言、危機管理人に弁護士のケヴィン・オア氏を指名し、同市の財政再建を検討してきた。だが、同市の財政状況はもはや手の施しようがないほど悪化しており、同危機管理人は七月一六日にスナイダー知事宛に書簡を送り、破産法申請を勧告した。これを受けて知事は一八日に「破産法申請の決定は六〇年に及ぶデトロイト市の衰退の結果である。現状では市民や債権者に対する義務を履行できず、義務を履行する唯一実現可能な道は破産手続きを通して財政の再構築を図ることである」という声明を発表し、破産法申請を決定した。
 デトロイト市の破綻は、戦後のアメリカを支えてきた経済・社会の枠組みのみならず、政治の大きな転換点を意味するかもしれない。同市の破綻は自動車産業への過度の依存と、強力な労組を背景とした年金と医療保険の巨額の負担がもたらした結果であった。
 デトロイト市の財務はどのような状況なのであろうか。同市が抱える債務総額は180億㌦に及ぶ宇。市債の償還と利払い、退職した市職員の年金負担と医療費負担が主な内容である。市債の負担軽減は投資家との交渉が必要で、破産手続きを経なければ実現できない。年金減額も組合の抵抗と州憲法の規定で簡単には行えない。また同市の税率は既に州内でも最も高く、人口減少による課税ベースの縮小もあり、増税による歳入増を図ることは絶望的である。逆に税収は98年以降、35%も減っている。来年度の予算では3億㌦を越える赤字が予想されている。まさにスナイダー知事が言うように、デトロイト市にとって残された唯一の選択肢は破産申請だった。
 デトロイト市の財政状況の悪化の最大の要因は人口の継続的な減少である。ピークの50年の人口は約185万人だったが、現在は約68万人にまで減っている。さらに特徴的なのは、比較的豊かな白人と若者が大量に流出していることだ。その結果、アフリカ系住民が人口の80%を占めるまでになっている。
 歳入の三分の二が市債関連の支払い、年金、医療費に充当されるため、市民サービルの劣化が顕著になっている。住宅バブルが弾けた影響で廃屋は約七・八万戸もあり、さらに街灯の四〇%は壊れたまま放置されている。それが治安の悪化を招き、昨年の殺人事件は三八六件と過去四〇年で最高を記録、全米二位となっている。犯罪の検挙率はわずか八・七%に過ぎない。警察に通報してもパトカーが到着するまで五八分かかる状況で市の治安を維持するのは難しい。そのうえ警察官と消防士の数は半分に減っている。教育の荒廃も目を覆うほどである。
こうした状況にさらに拍車を掛けているのが政治的腐敗である。前市長が09年に汚職で逮捕されるなど、同市の政治腐敗は有名である。行政の不効率も重なり、復活のための十分な対策が講じられてこなかった。
 こうしたデトロイト市の荒廃の背景にあるのは自動車産業の衰退である。自動車会社は生産を縮小する一方で、労働賃金が安い南部などに工場を移転してきた。09年のGMとクライスラー破産が決定的な打撃となった。雇用調整が行われ、失業が急増した。今年の6月の同市の失業率は18%と、全国水準を大きく上回っている。全国的な景気回復にもかかわらず、同市の雇用情勢に完全の兆しは見えてこない。自動車会社への過剰な依存で、新産業育成で他の都市に遅れを取った。
 デトロイト市の危機は、人口減少に始まり、税収基盤の縮小で都市サービスの低下、犯罪など治安の悪化を招き、それが富裕層を中心とする都市脱出を促し、さらに税収減少を引き起こすという“死のスパイラル”に陥ったことである。
 デトロイト市の問題は同市に限った問題ではない。人口減少でいえば、セントルイス市の方がより深刻な状況にある。年金債務負担ではニューヨーク市の方が遙かに大きい。デトロイト市が破産申請する直前の7月17日、格付会社ムーディーズ社がシカゴ市の市債格付けを一気に三段階引き下げて「A3」とすると発表した。これは投資適格の最低水準の評価である。緩やかな景気回復が進んでいるにもかかわらず地方政府の財政状況の改善は一向に進んでいないのである。
 地方財政の研究機関センター・フォー・バジェット・アンド・ポリシー・プライオリティーズの調査(12年6月)では、今年度は三一州が財政赤字を記録し、総額は550億㌦に達すると分析している。歳入は増え始めたが、リーマンショック以前の水準にまで回復していない。こうした中で、各州は赤字対策に取り組んでいる。たとえばカリフォルニア州は過去10年連続で財政赤字を計上、今年度の赤字額は200億㌦に達すると予想されているが、昨年11月に「提案30号」が住民投票で成立し、富裕層の所得税率が大幅に引き上げられ、最高税率は29%となっている。それでも同州が財政危機を克服できるかどうか疑わしい。
10年以降、破産法第九条に申請した市の数は全部で38市に達している。昨年、申請したのはカリフォルニア州のストックトン市とマンモス・レイク市(申請は拒否)、サン・バーナーディノ市の三市である。今年に入ってからは、デトロイト市だけであるが、景気回復に手間取れば、破産する都市がさらにでてくると予想される。アレント・フォックス社のデビッド・デュブロー氏は「近い将来、中規模の都市で破産が続出する可能性がある」と指摘している(州政府協議会会報『フィスカル・ノート』2013年1月号)。
 
人口移動と都市の盛衰
 
 『フォーブス』誌が「アメリカで最も惨めな市トップ一〇位」と題する記事を掲載している(13年2月21日号)。それによれば、一位はデトロイト市で、続いて同じミシガン州のフリント市、イリノイ州のロックフォード市、シカゴ市、カリフォルニア州のモデスト市、バレーオ市、ミシガン州のウォーレン市、カリフォルニア州のストックトン市、イリノイ州のレイク・カウンティ市、そして一〇位がニューヨーク市である。特徴的なのは、「惨めな市」はミシガン州、イリノイ州が多いことだ。こうした市は“ダスト・ベルト”と呼ばれ地域に集中していることだ。こうした都市では雇用の減少も見られる。
 「国勢調査」によると、この一年間で最も人口が増加した市は、サンマルコス市(テキサス州)、サウス・ジョーダン市(ユタ州)、ミッドランド市(テキサス州)、シダー・パーク市(テキサス州)、クラークスヴィル市(テネシー州)、アルファレッタ市(ジョージア州)、ジョージタウン市(テキサス州)、アーバイン市(カリフォルニア州)、バックアイ・タウン市(アリゾナ州)などである。特徴的なのはトップ一五位の市のうち8市がテキサス州にあることだ。その他にも同州には拡大を続けるヒューストン市、サン・アントニオ市、オースティン市、ダラス市、フォート・ワース市がある。“ダスト・ベルト”に対して、これらの市は“サン・ベルト”に属している。
 07年以降、最も多くの雇用を創出した州は、テキサス州、ノースダコタ州、ルイジアナ州、オクラホマ州である。テキサス州はニューヨーク州の5倍の雇用を創出している。ミシガン州とオハイオ州は最も雇用喪失が大きかった。人口だけでなく、雇用も“ダスト・ベルト”から“サン・ベルト”に移っている。人口増加地域の特徴は、エネルギー関連や農産物などの一次産品産業が栄えている州であることだ。そのため、こうした地域は“エネルギー・コリダー(回廊)”と呼ばれている。
 南部の州が多くの人と企業を引きつけているのは税制の影響もある。たとえば、テキサス州、サウス・ダコタ州やネバダ州では所得税あるいは法人税はない。また、東部の多くの都市が犯罪など治安問題や教育の荒廃といった問題を抱えているのに対して、南部の都市には深刻な治安問題がない。教育レベルも高く、子供の教育を心配する専門職の人々を引きつけている。南部では、たとえばニューメキシコ州サンタフェ市に住居を構え、普段は電子メールのやりとりを通して仕事をし、定期的にニューヨークやワシントンに出掛けるという生活パターンが一般化している。
 こうした人口移動は最近始まったものではない。企業の南部進出は既に60年代から始まっている。東部に比べると労働賃金の安さが企業進出を促した。さらに南部の州では「労働権法」を認めている州が多いことで、組合問題に悩む企業は南部へ工場を移転するようになった。アメリカではニューディール政策の一環として成立した「ワーグナー法」で、労働者を守るために労働者は強制的に組合に所属さなければならないクローズド・ショップ制が導入された。だが、戦後、保守派の巻き返しで「タフト・ハートレイ法」が成立し、組合に加入しなくても良いオープン・ショップ制が認められた。現在、「労働権法」を認めている州は25州ある。今年の1月にミシガン州でも同法は成立したが、大半は南部に集中している。
 企業が南部に移るにつれて労働組合加盟率が顕著に低下してきた。12年の組合参加率は11.3%と戦後最低を記録している。さらに特徴的なのは、公務員労組が組合加盟者の半分以上を占めていることだ。言い換えれば、民間企業だけの参加率はさらに低いといえる。また労組参加率の低下にサービス産業化がある。世界最大のスーパーであるウォールマートーには組合はない。
 組合参加率を州別に見れば、12年の統計では、テキサス州が6.8%、ノースダコタ州は8・2%である。これとは対照的に、組合の強いイリノイ州は15・5%、オハイオ州は13・9%と全国平均を上回る加盟率を維持している。
 
人口移動と保守化の関係
 
 こうした人口動態の変化は経済だけでなく、政治・社会に対しても大きな影響を及ぼしている。組合の影響力の衰退は、民主党の支持基盤の喪失を意味する。民主党を支えているのは、民間の製造企業の組合ではなく公務員労組に変わりつつある。さらに労組の影響力の衰退で共和党の組合攻撃が加速化している。昨年、ウィスコンシン州の州議会で共和党議員は公務員労組の団体交渉権を制約する動きに出て、深刻な対立を招いた。そうした動きは各州に波及しており、今後、労働権法を成立させている州も増えてこよう。
こうした動きに対して労組や民主党は抵抗を試みている。11年にボーイング社が工場をワシントン州から労働権を認めているサウスカロライナ州に移設しようとしたが、労組は移転阻止を図り、労働関係委員会に仲裁が持ち込まれる事件が起こった。ニューディール政策以降作り上げられた“リベラルな労働制度”が根本から見直される事態も予想される。
 さらに南部は伝統的に保守的な地域である。選挙結果を見れば明らかなように、南部は共和党の強力な支持基盤となっている。大統領選挙だけでなく、議会選挙にも大きな影響を与えている。アメリカでは10年毎に行われる国勢調査に基づいて下院議員の各州への割り当てを変更することになっている。南部への人口集中は、南部から選出される保守的な下院議員の数が増えることを意味する。
 多くの市は組合の力を背景に潤沢な年金や医療保険給付といった仕組みを作り上げてきた。だが、その仕組みはもはや維持できない状況になっている。産業界においてネオリベラリズム的思想が企業行動に大きな影響を与えたように、地方自治体でも競争の導入とサービスの民営化の動きが出てきている。また従来以上に地方財政の均衡化を求める声が強くなっている。ニューディール政策をベースに出来上がった経済的、政治的仕組みが確実に変わりつつある。デトロイト市の破綻は、その象徴ともいえる。
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