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日本舞踊家

東洋英和女学院卒業部⾨

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職種

クリエイティブ・芸術系 中学部 中高部 小学部 幼稚園 幼稚園(東洋英和幼稚園) 高等部

中村 梅(旧姓名 土肥江梨)

日本舞踊家。幼稚園から高等部まで英和で学び、立教大学文学部史学科に入学。卒業後は松竹株式会社に入社し、事業開発本部に勤務。会社員と日本舞踊家との二足の草鞋を履き続け、渡米のために2023年7月に退職するまで、舞踊家の母をサポート。母は、中村梅彌。

誇れる文化「日本舞踊」で若い人たちも世界に羽ばたいて

入学式での運命の出会いが人生を変えた!

中村 梅彌さん(母)

梅彌(母):日本舞踊を教えるのが私の仕事です。一般の方の指導はもちろん、歌舞伎役者の稽古や舞台の振付をしています。また、舞台や映画などの所作指導を依頼されることもあります。日本舞踊協会の理事としては、学校公演を担当しており、全国の小中学校を訪問して本物を見せるという活動もしています。

幼稚園から16年間、英和に通いました。小学部のときは体育の先生に憧れたこともありましたけれど、私はとにかく踊ることが好きで、日本舞踊家以外の道は考えられませんでした。父は役者として舞台に出ることが仕事でしたから、お稽古は藤間流のご宗家につけていただいていました。高等部から短大時代はお稽古に通うことが何より楽しみで、授業が終わると同時に六本木の宗家のお稽古場まで走って行ったことを思い出します。

梅(娘):私も日本舞踊は好きでお稽古はしていましたけれど、母のように「踊っていないと死んじゃう!」というほどではなくて、流派の発表会に定期的に出るくらいでした。
そんな私が、自分の進む道を見つけられたのは、中学部で運命的な出会いがあったから。入学式の日に、外部から受験してきた子と気が合って「友だちになろうね」と話し、2人で教室から出てきたら、なんと母親どうしも英和の同級生で、一緒に待っていたんです。

受験勉強を経験してきた彼女は、幼稚園から英和っ子でのんびり過ごしてきた私に勉強の仕方を教えてくれました。彼女のおかげで勉強をする習慣が身につき、高3のときには指定校推薦をいただいて希望する大学に進学することができました。彼女とは、今でも家族ぐるみで仲よくお付き合いが続いています。

時代の変化を見据えて、母とは違う生き方を

中村 梅さん(娘)

梅(娘): “日本文化を世界に伝えたい”という思いは、ぼんやりとですが、ずっと心のなかにありました。そのためにはできるだけ視野を広げることが必要だろうと思い、英和から出て立教大学に進学して、史学科で日本史を勉強しました。母の頃とは時代が違うし、一般社会の常識を知らなければいけないと考えて、卒業後も企業に就職する道を選んだのです。就職先として希望したのは、歌舞伎の興行にもかかわる松竹株式会社でした。実は、三次面接くらいまでは家族にも誰にも知らせずに受けたのですが、ご縁があって採用していただきました。

もちろん、日本舞踊家になるという選択肢もありましたけれど、母を見ていて、こんなにも人生のすべてを賭けて日本舞踊に打ち込む母を超えることは、私にはおそらく無理だと。その母のことを、もっと広く知ってもらえるような仕事に携わりたいという強い思いを持つようになりました。


神楽坂の稽古場にて

梅彌(母):私は日本舞踊と歌舞伎の世界だけしか知らずに育ってきたために、一般社会の常識を知らないんですよね。家族や親族も全員が役者か女優、夫も歯科医でしたので、娘が就職するまでは、家族のなかに誰も会社員がいなかったんです(笑)。

梅(娘):例えば、母が舞踊公演を主宰するときに、何曜日の何時から、いくらくらいのチケット代だったら、若い人でも来られるんだろうとか、そういうことを知りたいと思っていました。

会社勤めをして最初の1年間は、日本舞踊を知らない人の生活を体験するために、土日がどれだけ楽しいのかを味わってみたり、同世代の子たちに人気のある遊びに参加して、そういう人たちに日本舞踊を観てもらうためにはどんなコラボレーションをしたらいいかを考えたりしていました。

会社では、事業開発本部という部署に配属されて、物販に関する仕事を担当していました。歌舞伎座にいらっしゃる歌舞伎ファンのお客様が本当に欲しいものはなんだろうと考えて、例えば人気のあるスニーカー素材の草履ブランドに飛び込み営業に行き、歌舞伎でおなじみの柄の生地を鼻緒に使ったオリジナル草履をつくったり、実際に舞台で役者さんが着用した『曽根崎心中』の衣裳の生地をリユースして、テディベアを数量限定で抽選販売したりもしました。

会社員と日本舞踊家の二足のわらじ

梅(娘):実は社員の副業を認める制度を利用して、会社員と日本舞踊家の二足のわらじを履いていました。ありがたいことに、部署の人たちの理解と協力もあって両立させていただき、日本舞踊にも会社の仕事にも相互に成果をあげることができました。月曜日から金曜日は出勤してフルタイムで働き、夜の時間帯に自分のお弟子さんの指導。土曜日は母の稽古日なので、そのアシスタントをして、日曜日はまた自分のお弟子さんに教えたり、自分が公演に出るときはその稽古をしたり、忙しいながらも充実した生活でした。

正社員として9年目に入りましたが、今年結婚して夫の仕事の都合で2年間アメリカに住むことになり、会社はいったん退職することになりました。それでも、松竹の社内に“日本舞踊を活性化しよう”というプロジェクトが発足したので、日本舞踊家として引き続き関わらせていただくことになっています。今はいろいろな働き方があって、正社員という形でなくても仕事が続けられます。そして、日本舞踊の道は終わりのない挑戦だと捉えています。

聖書の言葉から学んだ大切なこと

梅(娘):小学生の頃から親しんできた聖書の“あなたの隣の人を許しなさい”という精神が、今も自分のなかに生きているなぁと思うんですよね。多種多様な世界ですけれど、みんな違っていていいという考え方を、この聖句から学びました。間違っているものは何もないので、自分とは異なるものを知ってみたうえで、それをミックスして自分のパフォーマンスにどう活かすかを考えるのは、とても楽しいことです。私の根っこの部分に、英和で教わったこうした考え方が根づいているお陰で、分け隔てなくいろいろな人と関わることができて、これまでいろいろな新しい道が開けたと思っています。

梅彌(母):そうね。他人を排除したり、ねたんだりする気持ちからは何も生まれないし、英和生って素直に周りの人を応援することができるところが素敵だと思います。
これから社会に出るために進路を考えている若い人たち中にも、私のように早くから自分のやりたいことを見つけられた人はとても幸せだと思うので、ぜひ、進むべきと思う道に邁進してほしいです。

2023年から、日本舞踊とまったく縁がなかった人でも気軽に参加できる、日本舞踊の体験教室も始めました。私たちは生まれ持った踊りや邦楽のリズム感がDNAに刷り込まれていると思うので、必ず日本舞踊を楽しめるはずなんです。私のお弟子さんにも、週1回のお稽古に通うことで仕事のストレスが発散できるという人がたくさんいます。

グローバルな時代ですから、誰もがさかんに海外に行くようになりましたけれど、「日本の文化として誇れるものは?」と尋ねられて、ちゃんと答えられないことが多いと聞きます。答えはアニメだけじゃありません。日本が世界に誇れる文化である日本舞踊の世界に触れてみませんか。 (2023年7月、談)

※記事中の所属・役職等は各記事掲載当時のものです。

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