質疑応答
生の感想は「ご自分の体験をもとに文化の差異について分かりやすく語って頂いたので興味深かった」という言葉に要約できるかと
思う。
当日は質疑応答の時間が少なかったので、後日、ぜひ答えを伺いたいという学生の質問をヒラリア先生に送ったところ、返事を頂いた。双方向性の講演だったという意味で、その一部を紹介したい。
「日本に来て、外国人でよかった、または得をしたということはありますか」(人間科学科1年・鈴木智香子)
ヒラリア『日本に来て、外国人として得をすることはたくさんあり、差別されるという経験はほとんどしたことがありません。それは私がたまたま「恵まれている」ヨーロッパから来た外国人であることと無関係ではないでしょう。しかし、そのような外国人としての特権は、本当は持ちたくないのです。国籍とは関係なく、それぞれの人格で判断される方がずっと望ましいと思います。』
「メディアによって植え付けられる偏見については社会学でも学んだ。しかし私達はTVや新聞がなければ、何も知ることができない。どうして、どうして人は偏見を抱いてしまうのでしょう」(社会科学科2年・岩崎麗香)
ヒラリア『人はなぜ偏見を持つのか、というのはとても難しい質問で、私にも答える事はできません。しかし、確かなのは、文学やメディアは人が持つ偏見を強めることもできれば、偏見の克服も貢献できるということです。そういう意味で、作家やメディアの制作者は非常に大きい責任をおっていると言えるでしょう。』
「『いちげんさん』を読んで。異国から来た人はずっと滞在するのは不可能なのでしょうか。それとも日本だから無理なのでしょうか。日本は島国であり、アイデンティティが非常に高い民族なので、外国から来た人々が滞在しにくい環境が出来上がってしまっているのでしょうか。」(人間科学科1年・武藤智子)
ヒラリア『勿論、外国人がある国にずっと滞在するのは決して無理な事ではありません。外国人である人とその地元の人々が努力すれば、いい関係を築くことができます。大事なのは地元の人は外国人を邪魔者とみなさないことで、外国から来た者がいろいろな自分とは違う考え方をもち、それと取り組むことが何かの形で刺激になり、自分の文化について考えるいい機会になるということでしょう。日本は島国であるからこそ、他の文化との交流が大事ではないでしょうか。無論、日本に来る外国人も自分の価値観で日本を判断するだけでなく、本当に日本を理解するように努力しなければなりません。』
「『いちげんさん』のキョウコについて、女性の立場から彼女の気持ちというものをお聞きしたい」(人間科学科1年・金子直恵)
ヒラリア『キョウコは表面的には割合に自立したモダンな女性ですが、あまり自己主張をしないところはやはり伝統的な日本の女性のようにみえます。外国人であれ、ある男性と付き合って、愛し合っている以上、彼女は彼が勝手に帰国を決める時、それを止める権利があると思います。しかし、彼女はそうしません。もっと積極的に「京都がいやなら、一緒に東京に行きましょう」と言ってもよかったのでしょう。勝手に帰国を決めた彼に対して、「じゃ、私はあなたにとって何であったの」と攻めても良かったと思います。問題はやはり、キョウコが彼の方を大事にし、自分の気持ちを大事にしないことです。これはやはりジェンダーの問題です。』
「『君はこの国を好きか』で、在日韓国人の方たちが、韓国に行って韓国語を学んでいることを知ったのですが、ドイツにいるトルコ人たちも同じようなことをしていますか。また親が子供に韓国人であることを隠す事もあるようですが、トルコ人はどうですか。」(社会科学科2年・井上美紀子)
ヒラリア『『君はこの国を好きか』は非常に強い意志を持って、負けず嫌いではないでしょうか。だからがんばり続けることが可能であったのではないでしょうか。ドイツにいるトルコ人の場合、自分がトルコ人であることを親が隠す話はあまり聞きません。トルコ語がよくできない人が言葉の勉強のためにトルコに帰ることもあまりないと思います。』
「外国人を意識する人々の考えを根本的に変えるには何が最善であるかを、又、改善策は本当にあるのかをお聞きしたい」(人間福祉学科1年・西真美)
ヒラリア『人々の考えを根本的に変えるのは難しいことですが、不可能ではないでしょう。例えば、文学のみならず、多くの人がみるテレビドラマの世界でもっと日本に住む外国人を主人公にして、視聴者がその人の身になって考えるというのは人の考えを変える一つの方法ではないでしょうか。』
質問内容からも推察できるように、講演から学生たちは多様な関心を開いたといえる。ちなみに講演後に、さらに学生たちと一時間半近く話し合いがあったことをつけ加えておきたい。
(文責:与那覇恵子)
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