ENGLISH

学院HOME 大学 大学院 生涯学習センター 付属かえで幼稚園 中学部・高等部 小学部 幼稚園
東洋英和女学院大学付属 かえで幼稚園
かえで幼稚園トップページ
幼稚園の紹介
保育の内容
幼稚園の生活
保育だより
入園案内
アクセスマップ
 
 

保育だより 5月号

 
 
   
 

子どもの『夢中』に心を寄せる

4月24日(火)の午後、年長組の子どもたちと遠回りをして菅生緑地に行きました。新緑の中を歩く一人ひとりの足どりは3月の遠足の時よりもまた軽やかです。
 さて菅生緑地に着いた子どもたちは、ひととき自然の中に身を置いて遊びました。花をつむ子ども、虫を探す子ども、木登りをする子ども、鬼ごっこをする子ども、お家ごっこをする子ども・・・・その中に数組、基地を作る子どもたちがいました。「秘密基地だよ」と言っていました。(私には子ども時代に公園の隅にいくつも基地を作って、日暮れまで遊んでいた日々があったので、この遊びにとてもわくわくします。)
 その一か所でのことです。3人の子どもたちが「ここにしよう」と適当な木を見つけ登ったり降りたりしているうちに、その幹の周りに小枝をたてかけ始めました。「もっともっと」と小枝を重ねながら並べていきます。そのうちに直径15pほど長さ1mぐらいの枝をひきずってくる子どもがいて、次にもっと長い枝を引っ張りながら「誰かー助けてー」となかまを呼ぶ子どもがいました。その呼びかけに「オーケー」と走ってくるなかま、通りがかりに手を貸す親切な子ども、魅力を感じて「いれてー」と入ってくる子ども・・・・気がつくとずいぶん多くの子どもたちが関わっていました。子どもたちは、とにかく一心にそして熱心に林のあちらこちらから枝や切り株を集めてきます。まるでアリがあちらこちらからえさを集めてくるようにです。けっして整然と見栄え良く並べられているわけでは無いのですが、「ここが入り口でこっちが出口」などという共有のイメージが子ども同士には伝わっていました。太い枝を木の上にのせようと試行錯誤し、「やっぱり無理だ、落ちると危ない」とあきらめる場面や、「もっとこうしよう」とやり直す場面もありました。とにかく子どもたちは夢中でした。
 ところが、私が『ずいぶんたくさんの枝が集められたものだわ・・・』とうっとりとしていた矢先、子どもたちの「引っ越しだー」という声が聞こえてきました。そしてあれほど時間をかけて運び積み上げてきた枝や切り株をまったく無造作に端から取り崩し、別な木の周りに運び始めました。せっせせっせ・・とです。なんということでしょう・・・大人には、せっかくあんなに時間と力を使って作ったものを崩して作り直すことは、もったいなく非合理なことです。「えーっ、どうして?」と思ってしまいます。ですが、子どもたちはますますいきいきとしていました。どの子どもにも「やれやれ、あれは徒労だった・・・」などとがっくりしている様子は感じられません。またまた夢中になっていました。躍動していました。
 これが子ども!これが遊び!と、あらためて心が踊る思いでした。 その後、集合の合図がかかると、「あー、ここまでかー」「おもしろかったなあ」「またここに来てやろうねー」と、名残惜しげに気持ちに区切りをつけていた子どもたちでした。私は、ここに居られたことに幸せを感じていました。
 基地作りのように、目に見えてわかりやすいものだけではありません。庭の片隅にしゃがみこんでじっと地面を見つめダンゴムシを追い続ける子どもにも、自分で切った板に時間をかけてやすりをかけている子どもにも、砂場で水を何度も汲んで流し、水が浸みこんだり溜まる様子を楽しむ子どもにも、紙ひこうきを飛ばし「これでよし」と満足するまで何度も折り直す子どもにも、『こんなに夢中になれるって素敵』『子どもってすごい』『好きなことから生まれるたくさんの興味をゆっくりと深め広げていけますように』と思わされます。

 子どもは遊びながら育っていくものです。好きなことに夢中になることは飛び級できない大切なステップです。私たち保育者は、時間・空間・もの(素材や道具など)・人との様々な関わりの機会を保障し、一人ひとりの今に心を動かし、寄り添い、関わりながら、日々ともに生きています。
 お守りくださる神さまに「今日の日をありがとうございます」と祈り続けます。

 

             「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」

                   新約聖書 ローマの信徒への手紙 12章15節
                                                       園長 大漉 知子