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東洋英和女学院大学付属 かえで幼稚園
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保育だより 10月号

 
 
   
 

時を知る

モクセイの香りを嗅覚で感じ、その漂う空気の涼感を皮膚でとらえ、そして季節が変わりつつあるのを実感します。時が流れる、うつろう、すすむ感じは、時計の針の進みと異なっています。人間の感覚とは不思議です。それに決してひとりの人の個別な思いでなく、人が同様に感じ得るのです。
 先日、行われた「inochi 2015 〜考える手〜」と題した人形劇フェスティバル(9月4日〜23日、六本木 ストライプハウス)の演目の中で、私は、ひとりの作家で、演じ手でもある加藤啓氏の人形に引きつけられました。
 その人形は、波打ち際に漂着したものたち、木片、貝殻、ガラス片、漁網、劣化したプラスティック、羽などを銅線でくくって、実に良くつなぎ合わせ、組み合わせて作られています。花や果物、野菜で肖像画のパーツにしたアルチンボルドの絵のように。それぞれの組み合わされるものは、波や日差しにさらされ、砂にまみれて、それまでの、どれほどの時を含んでいるのか知る由もないものばかり。それを一つひとつ、拾い集めていくなかで、もとの面影もないものを目の前にして、時を背負い、かお、からだ、手足、となっていきます。新品のものは一切なく、流れついたそこで、収集されたという時にすべて一様なものになっています。漂流物はごみではないということが不思議と理解できました。乾いた音をたてて、人形はうごきます。動かす部材そのものが動かすたびに時を流すかのように感じたのは、わたしの独りよがりではなかったようです。作者の言によれば、日差しの中にさらされる時、採集する時、ものが出会い、イメージを作る時、人形に命が宿る時…と、「時」を舞台にしているといいます。
 園庭で子どもたちは、飛び回っています。色づいた落ち葉を大切そうに集め握っている姿、おしろい花を水の入ったビニール袋でもみだして、鮮やかな赤紫の色水を離さず持っている姿、いずれも「時」を集めているように感じています。季節の深まりを感じる日々の中で、子どもたちが自然に「時を知ること」がたくさんあることを願っています。

          『何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある』
                                              (コヘレトの言葉3・1)

                                                          園長 石津 珠子