ENGLISH

学院HOME 大学 大学院 生涯学習センター 付属かえで幼稚園 中学部・高等部 小学部 幼稚園
東洋英和女学院大学付属 かえで幼稚園
かえで幼稚園トップページ
幼稚園の紹介
保育の内容
幼稚園の生活
保育だより
入園案内
アクセスマップ
 
 

保育だより 5月号

 
 
   
 

おかあさんとヤヤ子と『母の日』と

      おさなくて罪を知らず    胸にまくらして
       むずかりては手にゆられし  昔忘れしか
             春は軒の雨、秋は庭の露
                母は涙乾く間なく
                 祈ると知らずや
            (1954年版 讃美歌 510番)

 母の日になると教会でよく歌われてきた讃美歌の二節の歌詞です。私自身、とても好きな歌のひとつです。(お母さま方がお持ちの『讃美歌21』には、残念ながらのっていませんので、いつかご紹介させて下さい。)
 母の愛をたたえているようですが、讃美歌ですからそこを通して神様を賛美しているものです。もちろん、聖書に示される神の愛は、人間の思いをはるかに超えたものです。しかし、母性愛には神様の愛に近いものがあると思えます。
 わが子の存在を「愛おしい」と感じてまるごと受容する愛、我が身を犠牲にしても守り助けようとする愛、そしてその子のためにひたすらに祈り続ける愛。
 この春、家庭訪問に行った先生たちから聞かせてもらう母心に関するおみやげ話や、年長のグループ懇談で聞くママたちの甘く暖かななことばから、私は『神様と親(特には母親)にしかない愛』を感じさせられています。
 このように書くと、「自分はそんな母にはなれない」と、苦しく思われる方がいることも知っています。確かに「そのようにならなければならない」と思ったならばきついことでしょう。でもどなたにもやがてそうなっていく希望があります。私は、女性が生まれ持って備わっている母性愛にも増して、子どもと共に生きる中で育まれていく母性愛はなお大きいと実感しています。

 最近読んだ本の中に以下のような文章をみつけました。『日本では、伝統的に幼い子どものことを「ヤヤ子」と呼んできました。その言葉の由来は、幼い子どもはなかなかわかりがたいものという「ややこしい」からきているといわれています。子どもが幼なければ幼いほど「ややこしい」ものとして、そのややこしさを愛おしむために「ヤヤ子」と呼んでいたようです。(中略)ドイツでは、子どもが授かると「天から与えられた謎」として、子育てを一種の謎解きのように楽しむと聞いています。子どもを「天から授かった宝物」と考える日本では、宝物ではない、ややこしいものと感じた瞬間、何かが起こっているのでしょうか?』(『幼保一体化の変遷』 小田 豊 著より引用 )
 思い出すに、とにかく幼い頃の私は、機嫌が悪く手のつけられないほどの反発をし、『こっちを向いて』とばかりに母を困らせていました。5歳上の姉とひとつ違いの弟を抱えての母は、「やれやれ」「もう、どうしてなの〜」と、ややこしさにさぞかし頭をかかえていたことでしょう・・(その後の私がけっこう機嫌の良い人間なのは、もちろん神さまの愛によるのですが、家庭の中でそこを通り越させてもらったからだとも思っています。)85歳になった母は今でも「あれが、可愛かったのよねー」と言っています。・・・謎解きの答えが与えられるのは明日かもしれませんし、何年か後かもしれません。
 お母さま方の中には、今まさに我が子のややこしさに悩んだりいらだったりしている方もいらっしゃることでしょう。子育てが面倒で煩わしく感じてしまうこともあるでしょう。とても『謎解き』なんて思ってはいられないかもしれません。それでも、かえでのお母さまたちは、子育てから目と手を離すのではなく、愛情と手間ひまをかけようとしていらっしゃいます。敬意を抱かずにはいられません。子育ては尊い業です。いつかきっと、子どもと過ごせたこの日々がご自分の人生の中での素敵な時間だったと思われることでしょう。

 「幼い時はそういう時なのだ」と思い、大人に合わせさせることよりも、まず私たちが子どもの心に降りて理解者になり、待ってやったり、そっと後押ししてやったり、安心を与えられるようでありたいです。また望ましくない言動には、怒らずも譲らない姿勢をもてるようでありたいです。心をこめて価値観を伝えるのも愛の業です。ご一緒に歩みましょう。

 母の日は、アメリカの教会から始まりました。幼稚園では、子どもがお母さんから愛されていることに気づき、その母を下さった神さまに感謝すると共に、「お母さんありがとう」と言う機会を大切にもちたいと思っています。 どうぞ、「あなたがいてくれて、ママはとっても嬉しい」と言う思いを伝え、ぎゅっと抱きしめて子どもの気持ちを受け止めて下さい。お母さんが幸せであったら、子どもは必ず幸せなのです。

 神さまは、幼な子と共にお母さまのことも、愛して守って下さっています。

 『父と母を敬いなさい』  エフェソの信徒への手紙 6章2節
                                                           副園長  大漉 知子