ENGLISH

学院HOME 大学 大学院 生涯学習センター 付属かえで幼稚園 中学部・高等部 小学部 幼稚園
東洋英和女学院大学付属 かえで幼稚園
かえで幼稚園トップページ
幼稚園の紹介
保育の内容
幼稚園の生活
保育だより
入園案内
アクセスマップ
 
 

保育だより 7月号

 
 
   
 

子どもの育ちを支えるコミュニティをつくっていきましょう

子どもは親密な存在の大人に無条件に受け入れられ愛され、その存在に信頼を寄せることで、安心と自尊感情をもつことができます。「あなたは大事なあなたです」と育てられることで抱く根拠の無い自信が、生涯の安定を支える土台となります。生まれてからの日々、そこからスタートし、這って立って歩いて動いてしゃべって自己主張して甘えて反発して・・・身近な大人に受け止められたりがまんを教えられたりしながら育っていきます。そしてやがて、子どもの世界に入っていき、同年齢または異年齢の子ども(友だち)に出会います。

 『幼稚園で、お友だちと仲良く過ごしてほしい』というのは、全ての親にとっての願いであり、祈りであり、気になっていることでしょう。

 先生との安心な関係の中、一人で遊びながら周りにいる子どもを感じている過程の子どももいます。そこから友だちに出会っていきます。遊びのなかまにはなっていなくとも一緒に集いお弁当やおやつを食べる同じクラスの一人として親しみを抱く友だち・そばにいるとホッとする友だち・好きな遊びが同じで共感しあう友だち・見て憧れまねしたくなる友だち・子犬みたいにじゃれあってふれあっていることが嬉しい友だち・遊びの中で同じ目的に向かって心と力を合わせる友だち・・・等などで、それぞれに嬉しい存在です。
 そのような友だちであったとしても、負の関わりが生まれ、悲しみや怒りや痛みを覚えることがあるのも子どもの世界の現実です。まだまだ、たった数年しか生きてないのですから、そんなに上手にできません。いつの時代にも、関わりの中には、喜びと共に葛藤や不安も生まれます。しかし、にもかかわらず、私たちは関わりを求め、関わりの中で育っていきます。交わりながらぶつかり合いながらやり方を学んで成長していきます。

 園生活の中で保育者は、子どもが負の体験をしないようにするのではなく、そういうことを乗り越えていけるように伴います。例えば、けんかの場合、その背景をできる限り理解し、「ここまで」と止めたり、間に入ります。明らかな理由や主張がある時、誤解から始まった時、一方的ないやがらせの時・・私たちは愛と知恵をもって向き合います。やられた側にもやった側にも痛みがあるものです。子どもは自尊心を大事にされた大人のことばやまなざしを受けた時、気持ちをコントロールし、自己を回復していけます。
保護者(お母さま)にとって難しいのが、降園後の庭や出かけた先の公園でのもめごとのとらえ方や介入の仕方のようで、時折悶々とした気持ちが私に届けられます。
 例えば、「楽しそうなじゃれあいや追いかけっこが誰かを追い詰める遊びに変わっていったり、強く乱暴な言動やからかいがエスカレートしていく時、どこまでを『子どもの遊び』と考えれば良いか?」とか、「声をかけられても無視をしたり、こそこそと内緒話をして、『○○ちゃんは、なかまじゃないから聞かないで。あっちいってよ』などと言っている子どもたちを放っておいてよいのか?」とか、「わが子がつらそうにしている時に、『やめて』と止めに入ったら、過干渉と思われるか?」等など・・・。そして「その子のお母さんはおおらかで、あまり気にしていらっしゃらなくて、子どもたちを見ていないのです」や「大人の(お母さんの)前では悪いことはしないんです」ということばが加えられます。  どれも想像できることです。夢中になると熱く激しくなるのも、強さを誇って一番になりたいのも、なかまをつくって誰かを排除してしまうのも、大人の目を気にして良い子になるのも、子どもの姿だと思います。でも『だから仕方ない』とは言いません。これまでも伝えてきたことですが、ここであらためて「一緒に子どもたちを育てるコミュニュティをつくりましょう」と提言したいと思います。
 お一人おひとりの「ここまで」というラインは違うと思いますが、心が痛む子どもたちの姿を目にした時や、このままエスカレートしたらきっと誰かが悲しい思いをすると予想できる時には、大人としてさっぱりと「そこまでで、おしまい!」「それはやり過ぎ。(言い過ぎ)」と告げましょう。けんかの場合には「けんかをするのなら1対1で、1対大勢は無し!」と教え、手足ではなくことばでの主張し合いに切り替えていきましょう。それでもおさまらない時には、「今日は帰りましょう!また明日!」として、それぞれに帰りましょう。誰かがさっぱりきっぱりと止めてくれて、ハッとさせられることが、子どものもつ『良心』を呼び覚ますことになると信じます。(私の役割は、お母さま方の誰が子どもにことばをかけて下さっても大丈夫なさわやかな間がらとなることを願い支えることです。)
 さて、6月の『ぶどうの木』ではたたかいごっこのことも語られました。時々「かえで幼稚園ではたたかいごっこは禁止」と言うことばを耳にしますが、私たちはルールとして「禁止」と伝えたことはありません。「平和を実現する人は幸い」と言われるイエスさまの福音(Good News)に支えられて子どもたちと今を生きたいという願いから、「もっと、建設的で創造的で愉快な遊びをしましょう」と促し共に創り出しています。『私たちの手は(戦うためではなく、)愛するためにある』ということばが心をめぐります。
  子どもたちがヒーローに憧れ正義の味方として戦いたくなることもよくわかります。しかし、子どもの周辺におもちゃの武器や戦いのゲームや「殺せ」ということばが溢れている今、現実に戦争やテロや対立がとどまることの無い今、誰かが平和に生きることの幸せと命の大切さを伝えないといけないと思います。幼児期に、たたかいごっこよりももっとおもしろい豊かな遊びをしたこと、また「戦うことは、悲しく空しく恐ろしいこと」と言う大人に出会ったことが、やがて平和を創りだす力になると信じます。子どもたちには、「私たちは神さまに愛されている。私たちの居る世界は良いものに満ちていて、未来は希望にあふれている」と思って大きくなっていってほしいと願うものです。

       「恐れることはない。愛されている者よ。平和を取り戻し、しっかりしなさい。」
                                 旧約聖書 ダニエル書 10章19節


                                                                 大漉知子