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大学概要

学長室から

2021年度 大学卒業式式辞

 本日ここに晴れて卒業されるみなさん、おめでとうございます。必要な単位を取得され、また卒業論文をまとめられるなど、今日のこの日に向けてのみなさんの在学中のご努力に対し、衷心より敬意を表したいと思います。新型コロナ感染症対策で、蔓延防止等特別措置が続いている現在、感染防止に万全を期す必要があるため、本来であれば御列席いただくべき卒業生のご家族や来賓の方々には学内への入構をお控えいただくこととなり、この卒業の式典も例年に比べれば賑わいに欠けるものとなっております。やむを得ない仕儀ではありますが、式典の模様はオンラインで配信されるなど、それなりの工夫が凝らされておりますので、ご家族のみなさんには卒業生諸君とともに喜びを分かち合っていただければと願っているところです。

 さて、いまや3年目に入ったこのコロナ禍や、あるいはほぼ2週間前から突如として開始されたロシアのウクライナ侵略など、私どもは日々新たに惹き起こされる事件や現象に目を奪われ、それ以前に起きた問題や災害についてはどうしても忘れてしまいがちになります。それでも本日3月11日が、11年前に出来した大災害、東日本大震災の当日にあたることは、ここ連日マスコミが挙って報じていますので敢えて言及する必要もないだろうと思います。「忘れてしまいがち」と申しましたが、それは人間の備えている心理的な防御規制のひとつにほかなりません。つらい経験を含めて、過去のことをすべて覚えていたら、人はただそこに立ち尽くすだけで、前に進めなくなってしまいます。記憶の減衰、すなわち適度に忘れるという行為は、前を向いて生きるためにどうしても必要な行為なのだろうと思います。

 しかしながら、きれいさっぱりとすべてを忘れて前を向くということになると、それはそれで別の大きなリスクを冒すことになります。明治期から昭和にかけて活躍した物理学者でかつ文学者でもあった寺田寅彦は、次のように書いています。「『自然』は過去の習慣に忠実である。地震や津波は新思想の流行などには委細構わず、頑固に、保守的に執念深くやってくるのである。紀元前20世紀にあったことが、紀元20世紀にも全く同じように行われるのである。科学の法則とは、畢竟『自然の記憶の覚え書き』である」と。人間が、人間の都合で、この「自然の記憶の覚え書き」を消し去ろうとするとき、それは過去に被ったと同程度か、あるいはそれに輪をかけて悲惨な災害を呼び込むことになってしまうのです。

 同じような人間の心理的防御規制には、「見たくないものは見えない」「聞きたくないことは聞こえない」「考えたくないことは考えない」というような傾向も挙げられます。東日本大震災において惹き起こされた福島第一原発の事故原因は、こうした防御規制的な因子が積み重ねられたところに求められています。翻って、現在の新型コロナのウイルスがどこで発生したかについてのいわば犯人探しが喧(かまびす)しく論(あげつら)われていますが、具体的な発生源がどうあれ、それがわれわれ人間による自然への働きかけ(開発)と何らかの関連があるという見方が有力です。われわれはそうした冷厳な事実を見ようとせず、聞こうとせず、考えようとしないで昨今のコロナ禍を迎えるに至りました。ウクライナ戦争も同様です。ロシア側においても、ウクライナ側においても、自分にとって都合の良い思考や計算を重ねた結果のこの惨劇だと考えざるを得ません。

 みなさんは本日、本学の学士の学位を授与されました。専門とする領域はそれぞれ異なりますが、みなさんがいわゆる高等教育の課程を終えたということです。それは、どのような領域にあっても、見たくないものを直視する、聞きたくないことに耳を澄ませる、考えたくないことを敢えて考えるという訓練を十分に施されたという証明にほかなりません。そのうえで、何を記憶にとどめるべきか、何を忘却してよいかを判断できる能力を獲得されたわけです。あの震災から11年目のこの日、卒業式を挙行するにあたり、みなさんがこの能力を十全に発揮して前を向いて進んで行かれますよう心から願って已(や)みません。

 さて、本学では、学士号の学位記とともに、卒業生お一人おひとりに黄色いスイセンの花をお贈りしております。東洋英和所縁(ゆかり)の地であるカナダでは、黄色い水仙は主であるキリストの受難と復活を記念するこの時期に一面に咲き誇るところから、レントリリー(「受難節の百合」)とも呼ばれる花です。復活のキリストを仰ぎ、その光の中を一歩一歩着実に、雄々しく歩んで行って貰いたい。願わくはみなさんが、この一輪の黄水仙に込められた東洋英和137年のスクールモットーである「敬神奉仕」の四文字を革めて胸に刻んで、実社会という荒海に船出して行っていただきたいと思います。みなさんの航海の無事を祈りつつ、これを以て私の式辞といたします。

2022年3月11日
東洋英和女学院大学
学長 池田明史