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2019年度 大学・大学院入学式 式辞

 新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。また、ご息女を大学入学まで支え、見守ってこられたご両親をはじめ、ご家族の皆様のこれまでのご苦労に対しまして心より敬意を表し、革めてお慶び申し上げます。そして本学大学院に進学された皆さん、御承知のように、この大学院は社会人対象の夜間大学院であります。皆さんは、職場や家庭において社会人としての責任を果たしながら、さらに大学院において専門的な知見の獲得と学問的な研鑽を積まれようと決意されて、この場に臨んでおられるのでしょう。何よりも、その志に対して衷心からの敬意を表したいと思います。来賓の皆様には、ご多用の中、御参列いただきまして誠にありがとうございます。


 皆さんの前方正面両脇に「敬神」と「奉仕」という二つの扁額が掲げられております。先ほど読み上げられた聖書の箇所に基づく、東洋英和の建学の理念です。キリスト教による人格教育を目指す、ミッション系と呼ばれる学校の多くが、同じ出典によってそれぞれの校訓、標語、教育方針を打ち出しています。「敬神愛人」、「愛神愛隣」、「愛と奉仕」などで、表現は微妙に違いますがその意味するところは同じだろうと思います。昨年の大河ドラマの主人公であった西郷隆盛が座右の銘とした「敬天愛人」も、その出所を辿れば、聖書のこの箇所が中国にわたり、中国流に解釈されてそれが日本に伝えられたという説が有力です。このことからわかる通り、敬神奉仕という東洋英和のスクールモットーは、キリスト者であろうがなかろうが、誰もが人生の指針として掲げていくに値する英知の言葉なのです。


 それもそのはずで、この教えは太古の昔から世界最初の一神教であるユダヤ教のラビ(先生)たちによって連綿と伝えられてきた万古不易の金言であって、出典となった聖書の箇所は、イエス・キリストによってそのことが革めて指摘されたという経緯を述べているというにほかならないからです。そして大事なことは、「敬神」と「奉仕」とはワンセットであって、どちらか一方だけでは成り立たないという事実です。神を敬うということは、この世界に神の求める慈愛や正義をもたらすよう努めることで、抽象的でありまた総称的な、皆さんにとってはいわば理念でしかないかも知れません。これに対して、隣人に奉仕するというのは、いまここで、目の前で行うことができます。困窮している他人に対して、自分の食料を分かち与え、自分の服を脱いで着せ掛け、自分の寝床を提供するといった、具体的な行いを意味しています。そのような具体的な行動の裏付けがない限り、神を敬うという理念は達成できません。噛み砕いていえば、いつか理想の世の中が実現するであろうことを信じて、いまここでできることを精一杯行う。そういうことになろうかと思います。


 さて、この新しい年度は、本学が開学してから30年目の節目となります。そして、大学の母胎である東洋英和女学院が創設されてから135年という歳月が積み重なった年でもあります。はるばるカナダから太平洋を越えて日本にやってきた一人の婦人宣教師によって135年前に始められた、女子に対する欧米流の教養教育を目的とした学校。それが東洋英和女学校でした。キリスト教の禁教令が公式に廃止されたのはそれから15年後のことですから、この段階では黙許・黙認されていたにすぎません。それでも、彼女のような婦人宣教師たちが、日本の女性にこういうことを教えたいという強烈な意志を持って作り上げた学校だったのです。ここに、「敬神奉仕」の生きた実例を見ることができましょう。とにかく教えたいのだ、という教師の側の決断と実行に応えて、最初に入学してきた学生は僅かに二人でした。彼女たちは、何を教わりたかったのでしょうか。いまとなってはよくわかりません。しかし、教えたいという強い意志を持った教師の周りに、この学校で教わりたいという生徒・学生がどんどんと集まってきたのは事実です。因みに、そうした初期の女学生の一人が、のちに嫁いだ相手こそ、この正面の扁額を揮毫した元内閣総理大臣、海軍大将斉藤實子爵であります。この揮毫の四年後に、当時内大臣となっていた斉藤元総理は、2.26事件で暗殺されました。


 いずれにせよ、教える側の教えたいという意志と、教わる側の教わりたいという欲求とが両方ともに成立したときに、初めて教育は機能するのです。東洋英和が135年の、本学が30年の歴史を刻んでいまこの時を迎えているというのは、まさしくそのような教育の場が備えられてきた証しであると言っていいはずです。その意味で、皆さんにいま求められているのは、自分はこういうことを学びたいのだという明確な意志の形成にほかなりません。皆さんが教わりたいというとき、それは自分自身の決断でやってもらわなければなりません。学ぶという決断だけは、誰にも肩代わりができないからです。


 そのような学びに対する主体的な決断の上に、これからの4年間、あるいは大学院であれば数年間、皆さんの学生生活は展開されるのです。その際、すでに「成りたい自分」が見えている人もいるでしょう。あるいは、何になりたいのか、それを見つけるためにやってきた、という人もいるにちがいありません。それがどのようなものであれ、私ども教職員は、皆さんが「成りたい自分」を実現するための努力に、可能な限り寄り添い、全力で支えていくつもりです。皆さん、本学へようこそ。東洋英和女学院大学および大学院は、皆さんの入学を心から歓迎いたします。


2019年4月6日

東洋英和女学院大学
学長 池田明史