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2018年度 大学・大学院入学式 式辞

  新入生の皆さん、東洋英和女学院大学への御入学おめでとうございます。
  また、ご息女を今日まで支え、見守ってこられたご両親をはじめ、ご家族の皆様のこれまでのご苦労に対しまして心より敬意を表し、革めてお慶び申し上げます。
本学の大学院に進学された皆さん、このたびは誠におめでとうございます。この大学院は社会人対象の夜間大学院であります。皆さんは、職場や家庭において社会人としての責任を果たしながら、さらに大学院において専門的な知見の獲得と学問的な研鑽を積まれようと決意されて、この場に臨んでおられるのでしょう。何よりも、その志に対して心よりの敬意を表したいと思います。
御来賓の皆様におかれましては、御多忙の折に御臨席賜り、厚く御礼申し上げます


  さて、いまこのときに皆さんが集(つど)っているこの講堂は、もともとは学院創設50周年を目前にして1933年に落成した旧館マーガレット・クレイグ講堂の雰囲気をほぼ忠実に受け継いで、復元された空間であります。すでにお気づきのことと思いますが、前方両脇に「敬神」と「奉仕」の二つの扁額が掲げてあります。これが今年建学から134年目を迎えるこの東洋英和女学院のスクールモットー、建学理念であります。文字通り読めば、「神を敬う」と「人に仕える」ということですが、私はこの理念にはそれぞれ前提があると思っております。
「神を敬う」ということは、それを通じて「心の安らぎを得る」ことにつながります。そして、他者と争っていれば当然ながら安らぎは得られませんから、「敬神」とは「和解」を前提にしなければなりません。「神と和解する」、「自分自身と和解する」など、「和解」はさまざまな文脈で用いられる概念ですが、ここではこの扁額そのものにまつわる話を紹介したいと思います。この書は、当時内閣総理大臣を辞任したばかりの子爵・斎藤実(まこと)海軍大将の手によるものであり、彼の夫人が初期の英和卒業生であった所縁(ゆかり)で揮毫して頂いたものです。その夫人、斎藤春子さんの旧姓は仁礼といい、父君は同郷薩摩出身の西郷從道や川村純義と並んで明治海軍三元勲と言われた子爵・仁礼景範海軍中将であります。薩英戦争に参戦するなどした歴戦の勇士でありました。他方の斎藤大将の出自は奥州仙台藩水沢城下と言いますから、仁礼家と斎藤家とは明治維新をもたらした戊辰戦争において敵味方の関係にあったわけです。ご承知の通り、薩摩は官軍で勝った側、仙台藩は賊軍で負けた側になります。私は研究者としての専門が中東の現代政治や国際関係ですが、その中東はいまやどこもかしこも戦乱の巷と化しています。そのすべては、戊辰戦争と同じく内戦です。斉藤夫妻の結婚は明治25年ですが、内戦から四半世紀経過していたとはいえ、勝った側の子女が負けた側の男子に嫁ぐというのは稀有な事例でしょう。中東ではまったく考えられませんし、おそらく世界的にも珍しい現象だと思われます。斉藤春子さんは、東洋英和女学校創立直後に入学し、未だ生徒数の少ない時期に親しく学院創設者であるミス・マーサ・カートメルの薫陶に接した生徒でした。その薫陶の第一は、「敬神」の建学理念の前提であった「和解」の精神だったのではないかと思うのです。かつて敵味方に分かれて血で血を洗う内戦を戦った相手方の出自の人間と婚姻関係を取り結び、心からの関係を再構築する。ここで言う「和解」とはそういう意味です。実際、昭和11年(1936年)2月26日のいわゆる2.26事件で当時内大臣となっていた斎藤実大将が反乱軍将兵から50発もの銃弾を浴びせられ暗殺されるまで、この夫妻は終生、文字通り「和解」を体現するような関係を続けたのでした。否、夫が事切れた後も、春子夫人はその遺体に覆い被さって「彼を撃つなら私を撃て!」と叫び、自らも銃弾を浴びて負傷したという事実が伝わっています。

  さて、建学理念のもう片方、「奉仕」すなわち「人に仕える」ということが前提にしているのは何でしょうか。私は、それは「感謝」の気持ちではないかと考えています。皆さんの自宅には、冷蔵庫の中に何がしかの食料があり、タンスやクロークの中には着るものがあり、雨露をしのげる屋根があり、寝ることのできるベッドや布団があるでしょう。みなさんがごく当たり前だと思っているそんな生活を送ることができているのは、実は世界の中では四人に一人でしかありません。銀行の口座に貯金があり、財布や小銭入れに当面のお金を入れることのできる人は、世界の最も裕福な僅か8%の人々の中に数えられます。自分のスマホやタブレット、PCを持っているのであれば、それは世界の総人口の中の1%、つまり百人に一人の幸運を手にしていることになります。戦争の恐怖、牢獄での孤独、拷問の痛み、飢えの苦しみに苛まれていないというだけでも、皆さんはそのような状況下に置き去りにされている7億人もの人々よりもずっと幸せなはずです。そもそも皆さんが、私のこのような話の内容を理解でき、数字や割合や一つ一つの言葉の意味をイメージできるのは、大学や大学院といった高等教育に進むことが可能なだけの識字能力、つまり読み書きの能力を身に付けているからです。現在76億人と言われる世界人口のうち、20億人強は全く読み書きができないでいるという事実を改めて思い起こしてもらいたいのです。

  女性にももっと学ぶ機会を与えてほしい、そう訴えただけで命を狙われて瀕死の重傷を負ったある国の少女の話を思い出してください。彼女は史上最年少でノーベル平和賞を受賞した人ですから、皆さんも覚えているでしょう。彼女、マララ・ユスフザイさんが銃撃を受けてから自分の国に初めて帰国できたのはつい10日ほど前で、事件から6年近くも掛かっています。いまもなお、マララさんの安全は祖国において保証されていないのです。この事実が物語っているように、この世界には学びたいとどんなに思っても学ぶことが許されない何億人という女性が存在しているのです。彼女たちが皆さんに向けるであろうまなざしを想像してみてください。

 東洋英和の建学理念「敬神奉仕」およびその前提である「和解」と「感謝」。これらを意識したうえで、これからの大学、あるいは大学院での生活を大切に過ごしてください。自分が目指すものを決めている人も、何になりたいのか、それを見つけるためにやってきた、という人もいるにちがいありません。それがどのようなものであれ、私ども教職員は、皆さんが「成りたい自分」を発見し、それを実現するための努力に、可能な限り寄り添い、全力で支えていくつもりです。東洋英和女学院大学および大学院は、皆さんの入学を心から歓迎いたします。

                                                                              
   2018年4月7日
   東洋英和女学院大学 学長 池田 明史