東洋英和女学院大学トップ大学概要学長室から学長だより > 2017(平成29)年度 卒業式式辞

大学概要

2017(平成29)年度 卒業式式辞

式辞


 学士号を授与されて、本日ここに晴れて東洋英和女学院大学人間科学部および国際社会学部を卒業されるみなさん、おめでとうございます。みなさんの在学中のご努力に対し、衷心より敬意を表したいと思います。ご家族の方々もさぞお喜びのことと拝察いたします。また御来賓の皆様には、ご多忙の中ご参列いただき、こころから感謝申し上げます。


 さて、皆さんの大多数は20歳前後の四年間を本学のキャンパスで過ごし、それぞれの学科で専門的な知見を積み上げた結果、学位を授与されたということになります。それと同時に、本学に入学されて以来、こうした式典や授業やとりわけチャペルでの礼拝において、東洋英和女学院の建学の精神である「敬神奉仕」という四文字に触れてきたはずです。この言葉は、それを語る人によってさまざまに解釈されて伝えられているようですので、皆さんもまた、その時々の状況や自分の心の在り方によってそれぞれ異なる受け止め方をされてきているのかもしれません。けれどもこのスクールモットーは、決していわゆる「お題目」や「綺麗ごと」の類ではなく、皆さんがこれから船出していく世の中において、実際に役に立つ、すぐれてプラクティカルな意味を孕んでいると私は考えています。そのことを少しお話して、私からの餞の言葉とさせていただきたいと思います。

 皆さんが世の中に出て、まず求められるのは、職場であれどこであれ、その現場の実態を把握する能力です。それはつまり、個別の事象にとらわれず問題の本質を把握する能力のことを言います。物事の実態は、現場を歩き回れば把握できるものでもありませんし、誰かに延々とレクチャーを受けたり、やみくもに聞き回ったりすることで分かるものでもありません。大事なことは、個別の事象、現場の実情から何を読み取るか、導くか、ということであります。そこに必要なのは、自分を含めてその現場にいる人々や事象をいったん相対化するものの見方であり、そのうえで、一つの基準で人々や事象の理非曲直を整理し判断していくという姿勢にほかなりません。「敬神奉仕」の「敬神」とは、自分の中にそのような「ぶれない」判断の軸を持て、ということなのです。

 もとより、このような実態の把握は、それ自体が自己目的化してしまっては意味がありません。いくら現場を歩いても、どれだけ現場の人に接しても、人間としての感性、つまり「共感できる心」あるいは「人や社会に対する想像力」がなければ、現場の人の気持ちも、喜びも苦しみも感じ取ることができません。「敬神奉仕」の「奉仕」とは、まさにこの点にかかってきます。問題を正確に理解し、これを解決するためのより良い行動に結びつけることで、押し付けや空回りや、あるいは独りよがりに陥らない、本当の意味での他者との人格的関係を構築することができるからです。

 皆さんは人間科学部であれば人間の心理やライフサイクル、あるいは子供の教育・福祉、国際社会学部であれば国際化していく社会の諸問題や異文化理解といったそれぞれの分野において、互いに相矛盾するさまざまな事象を分析し理解して、そこから解を導く専門的知見を獲得したことが認められて本日の卒業式を迎えられました。願わくは、そのような専門知を、規範意識という縦軸と感性・想像力という横軸との集成である「敬神奉仕」の四文字の下に遺憾なく発揮視し、これを駆使して、いまから出てゆく社会で活躍してください。


 最後になりますが、大学から学位記と共に卒業生お一人おひとりに黄色いスイセンの花をお贈りしようと思います。これは幼稚園から高等部までの卒業式では古くから行われている慣行で、その起源は戦前にまで遡ります。東洋英和所縁(ゆかり)の地であるカナダでは、黄色い水仙は主であるキリストの受難と復活を記念するこの時期に一面に咲き誇るところから、レントリリー(「受難節の百合」)とも呼ばれる花です。願わくはみなさんが、この一輪の黄水仙に込められた東洋英和のスクールモットーである「敬神奉仕」の四文字を革めて胸に刻んで、船出して行っていただきたいと思います。みなさんの航海の無事を祈りつつ、これを以て私の式辞といたします。

201839

東洋英和女学院大学

学長 池田明史