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2017年度 大学・大学院入学式 式辞

新入生の皆さん、御入学おめでとうございます。また、ご息女を支え、見守ってこられたご両親をはじめ、ご家族の皆様のこれまでのご苦労に対しまして心より敬意を表したいと思います。社会人を対象とする本学の大学院に進学される皆さんには、仕事や家庭と学問の研鑽とを両立させようとなさっているその志を先ず以て高く評価したいと存じます。御来賓の皆様におかれましては、御多忙の折に御臨席賜り、厚く御礼申し上げます。

革めて申し上げるまでもないこととは思いますが、この東洋英和女学院大学は「敬神奉仕」の四文字をスクールモットーに掲げた、古くて新しい学校です。本学の母胎である東洋英和女学院は、今からちょうど133年前に産声を上げました。その古い伝統の上に、ではありますが、この四年制大学が開設されてからは今年でまだ28年目を迎えたに過ぎません。学部新入生の皆さんは本学の第29期生になるわけです。新しい大学の、若いクラスメートと言ってよいだろうと思います。

さて、いま、この瞬間に、皆さんが座っているこの場所は、もともとは学院創設50周年を翌年に控えて1933年に落成した旧館マーガレット・クレイグ講堂の雰囲気をほぼ忠実に受け継いで1996年に復元された空間で、その名も新マーガレット・クレイグ記念講堂と呼ばれています。皆さんの前方両脇に掲げられている英和の建学理念「敬神」と「奉仕」の二つの扁額は、当時内閣総理大臣を辞任したばかりの子爵・斎藤実(まこと)海軍大将の手になる書であり、彼の夫人が初期の英和卒業生であった所縁(ゆかり)で50周年記念式典に列席しこの揮毫を快諾したという経緯があります。その僅か後の19362月、内大臣であった斉藤大将が陸軍青年将校の惹き起こしたテロ、すなわち2.26事件において射殺され殉職されたのは、日本近現代史の常識に属する事実ですから、ここで革めて指摘する必要もないでしょう。

新しい大学の若いクラスである皆さんを、しかし、東洋英和133年の歴史が見ている。いま、このときにあたって、皆さんにはそのような自覚をしっかりと持っていただきたいと思うのです。大学院に進学する皆さんを含めて、「学ぶ」という営為の根底には、自分がどの時代の如何なる空間に生きているのかという認識が欠かせないからです。現代のように先行きが見通せない時代にあっては、このことは取り分けて重要な意味を持ちます。例えば、斉藤大将がその凶弾に倒れたテロリズムという現象は、現在の欧米、中東、アジアなど世界中を見渡してみてわかる通り、決して過去の問題ではありません。大学では例年、女子高校生を対象としたレシテーション・コンテストを開催しており、今年も10日ほど前に実施されたばかりでありますが、今回の課題は次のような文章でした。原文はもちろん英語ですが、日本語に直すと概略このようになります。「教育は人生の恵みの一つであり、生きる上で欠かせないものです。このことを私は、17年間の人生で経験しました。スワート渓谷にある故郷では、私はいつも、学校に通って新たなことを学ぶのが大好きでした。何か特別なことがあると、私は友達と一緒に(植物染料の)ヘナで手を飾り立てたのを覚えています。花や模様を描くかわりに、私たちは数式や方程式を書いたものでした。私たちは教育を渇望していました。なぜならば、私たちの未来はまさに教室の中にあったのですから。ともに座り、学び、読みました。格好良くて清楚な制服が大好きでしたし、大きな夢を抱きながら教室に座っていました。両親に誇らしく思ってもらいたかったし、優れた成績を挙げるとか、何かを成し遂げるといった、一部の人からは男の子にしかできないと思われていることを、女の子でもできるのだと証明したかったのです」。

これは、2014年度に史上最年少でノーベル平和賞を受けたマララ・ユスフザイさんの有名な受賞記念演説の一節ですから、あるいは耳にされたことがあるかも知れません。コンテストの課題文はここまででしたが、演説には続きがあります。彼女が抱いていた夢は、テロリズムによって暗転しました。再び引用しますと、「教育は『権利』から『犯罪』になりました。女の子たちは学校に行くのをやめさせられました。しかし、私をとりまく世界が突如として変わったとき、私が優先すべきことも変わったのです」。そして彼女は決意します。"I had two options, one was to remain silent and wait to be killed. And the second was to speak up and then be killed. I chose the second one. I decided to speak up"(私には二つの選択肢がありました。一つは黙って殺されるのを待つこと。二つ目は声を上げ、そして殺されることです。私は後者を選びました。声を上げようと決めたのです)

皆さんの多くは、高校を卒業すれば大学に進学するのがごく普通の進路で、特別に変わったことではないと考えておられるかもしれません。皆さんが当たり前だと思っている今の状況は、一歩日本を離れると必ずしもそうではありません。マララ・ユスフザイというその当時、いま大学に入学しようとしている皆さんとほぼ同じ年齢だった女の子は、女性にももっと学ぶ機会を与えてほしい、そう訴えただけで命を狙われて瀕死の重傷を負わされたのです。それは、彼女の国がとんでもなく野蛮なところだったからでしょうか。80数年前に東洋英和がまさにこの空間で創立50周年の式典を行ったとき、女性が大学や短大などのいわゆる高等教育を受けることは極めて稀なことでした。そもそも女性が入ることのできる大学はとても限られていました。簡単に言えば、女性には高等教育は必要ないと決めつけられていたわけです。また、その式典で、人類の幸福を進めるのは「教養アリ高キ矜ヲ持ツ婦人ノ力ニ俟ツモノガ甚ダ」多いとの異例の祝辞を述べた斉藤大将は、その15か月後にテロの犠牲となりました。この日本においてもつい数十年前までは、女子高等教育に対する偏見は確実に存在していましたし、主義主張や思想信条が異なるという理由だけで簡単に暴力に訴えるという風潮も珍しくなかったのです。このことを忘れないでいただきたい。そしてそれは同時に、いまもなお、この世界には学びたいとどんなに思っても学ぶことが許されない何億人という女性が存在しているということでもあります。マララさんの言葉にはこうあります。"I tell my story, not because it is unique, but because it is not. It is the story of many girls"(私が自分の身に起こったことを話すのは、珍しい話だからではありません。どこにでもある話だからです。多くの少女に起こっている話なのです)。その多くの少女たちが皆さんに向けるであろうまなざしを想像してみてください。

我が国の女子高等教育は、東洋英和創立の時代から133年かかってここまでたどり着いたのです。このことの意味をよく考えていただきたいと思います。頭の片隅で結構ですから、その意味を意識したうえで、これからの四年間を、あるいは大学院での研究生活を大切に過ごしてください。大学で学ばれる皆さんの中には、すでに「成りたい自分」が見えている人もいるでしょう。あるいは、何になりたいのか、それを見つけるためにやってきた、という人もいるにちがいありません。大学院に進まれる皆さんは、自分の研究テーマの大枠を把握し、それをどのように進めようかと、研究計画をあれこれ算段しておられることと思います。それがどのようなものであれ、私ども教職員は、皆さんが「成りたい自分」「やりたい研究」を実現し、あるいは達成するための努力に、可能な限り寄り添い、全力で支えていくつもりです。東洋英和女学院大学および大学院は、皆さんの入学を心から歓迎いたします。
                                                                   

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