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中学部・高等部トップページ中学部・高等部からのお知らせ > 2016年10月 生徒礼拝<高等部3年>

2016年10月 生徒礼拝<高等部3年>

マルコによる福音書  12章31節

第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。


「平和と隣人愛」

 先日、「映像の世紀」を観る機会がありました。「映像の世紀」とは、歴史的な出来事をリアルな映像や証言を交えてNHKが制作したドキュメンタリー形式の番組のことで、今から100年ほど前に起こった第一次世界大戦の様子を観ました。その映像から伝わってくる残虐さと悲惨さは、思わず目を覆いたくなるほどでした。

 私たちの歴史の教科書には、戦争は何がきっかけで起こり、どのような結果になり、後にどのような影響を及ぼしたか、といったことは書かかれていますが、従軍する兵士1人1人がどのような気持ちで戦地へ向かい、戦争に臨んだか、ということまでは書かれていません。たくさんの尊い命が失われ、またその人たちには私たちと同じように家族や友達がいた、ということがわかりました。

 戦争は、事実であったのだと実感しました。

 私は、2度の海外体験をして、様々な国の人に出会いました。高1の時に参加したカナダ語学研修では、現地の方々に温かく迎えていただき、高2の時に行ったシンガポールの短期留学では、ヨーロッパやアジア、南米など様々な国の人と交わり、どちらも楽しかった思い出です。

 その反面、日本に帰国し、テレビをつけると、ISによるテロ事件や北朝鮮の核ミサイルなどのニュースが流れ、テレビを見ている自分とテレビの向こう側とのギャップを感じました。私の海外での経験は、理想的な平和であったのだということに気がつきました。しかし、この2回の留学での平和も現実です。

 シンガポールでは、ロシア人と友達になりました。ロシアと日本には、日露戦争という歴史があり、現在でも、北方領土問題が両国間に存在しています。しかし、ロシア人の女性は、1人でいた私に声をかけ、一緒に行動してくれました。また、北朝鮮と韓国の大学生同士が、同じ教室で授業を受けていました。両国が、朝鮮戦争を開始して65年ほど経ちますが、現在は休戦状態であり、まだ両国間の戦争は終わっていません。北朝鮮の学生が、北朝鮮と韓国の人々は、お互いの国の行き来を禁止されている、と話していました。

 この2度の留学で気づいたことは、どの国の人も、1人1人は人間らしさを持っている、ということです。他人を思いやる気持ちがあり、国同士の関係とは別に、お互いを同じ人間として、受け入れていたように思います。

 私は、自己紹介をする時、必ず日本から来た、ということを伝えました。すると、ほとんどの人が、日本のことを積極的に聞いてきました。それに答えることで、相手は、私がどんな環境で育ってきたか、私はどんなことを知っているかを把握して、心を許し、その後の私がする質問にも快く答えてくれたのだと思います。自分が何者かということを相手に示せば、相手は必ず自分のことを認めてくれる、また、自分のことがわからないと、海外の人たちのことも理解できないと感じました。

 大きな世界の流れの中で、小さな交流を経験し、私は今、受験勉強をしています。日本語で書かれた文章を読み、日本の歴史を色々な視点から学ぶことで、日本はどんな国なのか、ということが、以前よりもわかってきた気がします。そのようにして身に付いた知識を、世界の共通言語である英語で、外国人に伝えていく。様々な勉強をすることが、日本人としての自分を形作る大切な取り組みであり、世界を広い視野で見る土台を作ってくれるのだと思います。

 国は違っても認め合える。では、なぜ争いは起こってしまうのか。私は、自分が考えていることに相手がまったく理解を示していないと勘違いをし、相手との距離を感じてしまって自然と敵対心のようなものが生まれてしまうからだと考えます。話し合いで解決できないと諦めて、暴力に走ってしまうのです。話し合えば、絶対にわかってくれるはずです。そして、解決したとき、両者は強い信頼関係を築けるようになると思います。自分とは違った文化を持つ人との交流が深められる機会が増えている中で、そうした結びつきが1つの暴力で簡単に切れてしまうことは、本当に悲しいことだと思います。

 今日の聖書の箇所である「隣人を自分のように愛しなさい」この言葉は、東洋英和の学校聖句になっています。私たちは、毎朝神様の言葉に触れ、温かく先生方に見守って頂き、友人たちと

 様々なやり取りをする中、その思いやりの精神を学ぶことができます。その大切な学びを胸に、色々な経験を重ね、自分を知れば、他者の立場になって物事を考えられる人になれると思います。   

 複雑な情勢の中、世界中の人が、この聖書の言葉を実践することは、容易ではありません。しかし、海外でできた交流は、とても温かく、お互いが意識し合えば、隣人同士愛し合える世界を実現することも不可能ではないのではないか、と感じます。1人1人が自分の内面を見つめ直して、互いに思いやりを持って接することが、争いのない世界をつくる小さな糸口になるのではないでしょうか。

 そして、100年後の人々が、現代の悲しい映像の世紀を見ることがない様、祈り続けたいです。

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