白蓮(柳原燁子)の短歌


                

                               

 伯爵家に生まれ、大正天皇の従妹にもあたる柳原燁子(東洋英和女学校1911年卒業)。燁子はわずか14歳にして政略結婚をさせられますが、夫婦愛のない結婚生活に耐え切れず5年後家を出ます。

                

 1908(明治41)年、23歳で東洋英和女学校5年に編入学した燁子は、寄宿舎生活を通してキリスト教の愛と自由に触れ、人生で最も幸福なひと時を過ごします。

    
 この時に出会った年若いクラスメイト、村岡花子との友情はその後も生涯続くことになります。在学中、二人は一緒に歌人・佐々木信綱に入門し、これがきっかけとなって花子は後に児童文学者として活躍、また燁子は白蓮というペンネームで歌を発表するようになりました。

                    

 大正三美人にも数えられた女流歌人・白蓮は、その後、九州一の炭鉱王と結婚し「筑紫の女王」の異名をとり、また、世紀の大恋愛「白蓮事件」で話題を巻き起こすなど、波乱万丈な生涯を送ることとなります。

                                      

 その白蓮が晩年、幸福だった女学校生活をうたった短歌を、東洋英和女学院七十周年誌(1954年)に寄せています。

            
              

             

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