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2015年11月 生徒礼拝<高等部3年>

ガラテヤの信徒への手紙 6章9~10

たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取ることになります。

ですから、今、時のある間に、すべての人に対して、特に信仰によって家族になった人々に対して、善を行いましょう。


「使命」

今日は、自分に与えられた使命についてお話したいと思います。私は、つい最近まで使命とは、自分が感じた天命をまっすぐ目標に向かって成し遂げること、自分ひとりで苦難も乗り越え貫くことだと思っていました。しかし、そうではないのだと私の考えを大きく変えたお二人の言葉に出会いました。

まず一人目は、アマチュア将棋棋士の天野貴元さんです。天野さんは、子どもの頃から天才と言われ、名人に最も早く手が届くだろうと言われていた人でした。将励会というプロ棋士養成機関に10才で入会。みるみる頭角を現し、16才でプロになるための最後のリーグ戦まで上り詰めました。しかしそこから十年、天野さんはとうとうプロになれず将励会を去ります。天才と言われていた少年が、まさかプロになれないなんてと誰もが驚いたということです。

天野さんは後に、「実は自分は才能があるからと将棋の勉強をせず遊んでしまった。おごっていたと後悔している。」と語っています。将励会退会の後、会社に就職してから末期の舌癌が見つかりました。手術で舌のほとんどを摘出し、抗がん剤治療を行いましたが、余命半年を宣告されました。その時、天野さんは抗がん剤治療を受けてベッドの上で、1、2年余命が延びても大好きな将棋ができないなら延命治療はしないと決断しました。そこからプロ編入試験を受けますが、夢は叶いません。才能が輝いていた時には気付かなかった大きなものを失ったことに、そこで初めて気付いたのだと天野さんは話されていました。しかし、泣き言は言わずにただ静かに自分がしてしまった間違いを反省し、運命を受け入れていました。また、こうも言われていました。「周囲の方に休業を勧められ、痛々しく将棋を指し続ける姿を止められることもあるが、身体は苦しくても、心は楽しいです。こんなに将棋が好きだったのに、いただいた才能を粗末に扱い、罰が当たって後悔し、でも諦めないありのままの自分を見た誰かが、自分もまだまだ頑張れると思ってもらえたら、それが自分という人間が生まれてきた意味、使命なんじゃないか」と。

天野さんは、今月残念ながら天に召されてしまわれたのですが、自らに降りかかる不幸を呪わず、それを受け入れて前向きに生きていらした姿は、多くの人の救いになったのではないかと思います。

また、もう一人私が紹介したいのは、もう多くの方がご存知だとは思いますが、ノーベル生理学医学賞を受賞された大村智教授のインタビューです。大村教授は、「私自身が偉いものを考えたり、難しいことをしたのではなく、全て微生物がやっている仕事を勉強させていただいているだけなので、微生物が賞をもらうべきだと思う。人のために少しでも何か役に立つことを考えています。」

と、おっしゃっていました。自分が偉いのではなく研究対象のお陰だと感謝し、また人の役に立つことを常に念頭に置いているとの言葉が衝撃的で心に響きました。

 さて、皆さんは自分の使命とは何か考えた事はあるでしょうか。もしかしたら、天野さんのように、今、皆さんが考えているものとは違う思いもよらぬものが本当の使命だと判明するかもしれません。しかし、お二人のように、人のために何であれ善を行っていれば、それはいつか必ず大きな実を結びます。最初から簡単に成果がでるわけではありませんが、神様のお導きと御言葉、周囲の声に耳を傾けて、それを素直に受け入れられる心で、時がある内にたゆまず善を行えば、今より確実に未来をよくすることができるのではないかと思いました。そして、それこそが敬神奉仕を胸に刻む英和生としての使命なのではないかと思います。

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