後援会のあゆみ

東洋英和女学院後援会は、1929(昭和4)年に学院の校地校舎の拡張を目的に創設されたのが始まりです。

◆ 後援会の歴史

  • 1929(昭和4年)

    校地拡張・校舎新築事業を支援するため、後援会(第1次)発足。寄付金の募集を行う。

  • 1932(昭和7年)

    寄付金額が目標額に達したため、そのお金を校舎新築会計に寄付して後援会は解散する。

  • 1941(昭和16年)

    運動場拡張工事支援のため、後援会(第2次)が組織される。

  • 1942(昭和17年)

    後援会は1年間で目標額を達成し、再び解散する。

  • 1947(昭和22年)

    終戦後の混乱期、学院の経済面での援助を行う目的で後援会(第3次、現行の後援会)発足。

  • 1953(昭和28年)

    一万田尚登後援会会長を委員長として再度の募金運動が始まる。

  • 1963(昭和38年)

    後援会規約制定。構成員、目的、役員、会費等を定める。

  • 1983(昭和58年)

    学院創立100周年を控え、学院の記念事業募金10億円計画に協力することを決議。

  • 1988(昭和63年)

    「楓基金」設定に伴い、同基金への助成を開始

◆ 後援会役員一覧

  • 第一次後援会(1929年〜1932年)

  • 発起人

  • 清水 由松(東洋英和女学校常任理事・麻布中学校長)

  • 畠山 一清(荏原製作所創業者)

  • 福井 菊三郎(三井合名会社専務理事)

  • 牧山 清砂(帝国製糖会社専務取締役)

  • 森 広蔵(台湾銀行頭取)

  • 第二次後援会(1941年〜1942年)

  • 理事長

  • 潮 恵之輔(枢密院顧問官・内務大臣)

  • 理事

  • 一万田 尚登(日銀総裁・大蔵大臣)

  • 植村 甲午郎(第3代経団連会長)

  • 小林 中(初代開発銀行総裁)

  • 斎藤 茂吉(歌人・精神科医) ほか40名

  • 顧問

  • 福井 菊三郎

  • 森 広蔵

  • 米内 光政(海軍大臣・総理大臣)

  • 戦後の後援会

  • 会長

  • 1947~1979年度 一万田尚登

  • 1980~1985年度 石橋徳次郎

  • 1986~1993年度 生田允紀

  • 1994~1996年度 佐久間英樹

  • 1997~2000年度 阿部義高

  • 2001~2004年度 富田浩安

  • 2005~2010年度 横山 巖

  • 2011~2014年度 金子栄一

  • 2015年度~    小泉光人

  • 1942年11月10日運動場落成記念感謝会にて後援会理事の方々と学校役職者
    (前列左から4人目が潮恵之輔後援会理事長)

  • 1950年後援会役員
    (左より加藤陸策副会長、一万田尚登会長、安藤忠三副会長)

  • 1990年6月後援会総会(マーガレット・クレイグ記念講堂にて)

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