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1月10日 礼拝奨励36

女性の自立」と「良妻賢母」
ルカによる福音書第10章38節~41節


 本日の聖書の箇所は、「マルタとマリアの姉妹の物語」として比較的よく知られたエピソードです。この部分には、マルタへの同情論からマリアのいわば一期一会の擁護論に至るまで、幾つもの解釈があるようですが、ここではそれについては立ち入りません。そうではなくて、このマルタという女性像に私が勝手に付けていた漠然としたイメージが、実は完全な錯覚であったというお話をしたいと思うのです。そのイメージとは、いわゆる「良妻賢母」のそれにほかなりません。私は、洋の東西を問わず、時代の古今を問わず、つまり聖書の時代のイスラエルであろうが江戸時代の日本であろうが、家族を主たる構成単位とする社会にあっては、良妻賢母が女性のあるべきモデルだったのだと信じ込んでいました。しかし、良妻賢母の理念は、実際には近代の日本という特定の時代の特定の社会で構築されたのだという事実に行き当たったのです。


 先月のことになりますが、あるシンポジウムに呼ばれて、石橋湛山という人の教育論に関して議論するという機会がありました。湛山の名前ぐらいは知っておりましたが、もとより私は専門家ではありません。戦前、硬骨のジャーナリストとして鳴らした人物で、戦後政界に転じ、ごく短期間、首相を務めた人という程度の知識しかありませんでした。そんな私がなぜ招かれたのか、いまでも判然としませんが、ほかの二人のパネリストがそれぞれ、湛山の出身大学の学長と、彼が長く学長を務めた大学の現在の学長であったところをみると、ちょっと毛色の変わったところでミッション系女子大の学長を放り込んでみれば面白いのではないか、程度のことだったのではなかったかと思います。


 三人しかいませんので、とにかく何かしゃべらなければなりません。仕方がないので、湛山が当時の女子教育について何か書いてないか調べるところから始めました。すると、これがなかなか面白く、しっかりとはまってしまいました。いろいろと興味深い発見があったのですが、なかでもここでテーマとしている良妻賢母主義に対する痛烈な批判には瞠目させられました。大正元年といいますから、1912年に発表された「維新後婦人に対する観念の変遷」という論考で、湛山は次のような観察を行っています。西洋的個人主義に基づいた女性観が流れ込んできた維新初期、人々は封建時代の七去三従を軸にした「女大学」的な女性観との落差に呆然とします。その後、欧化主義(「鹿鳴館時代」)の下でいったんは男女同権や自由結婚などの主張が大流行しますが、その反動として国粋主義が声高に叫ばれるようになり、結果、「男女7歳にして席を同じゅうせず」といった方向に再転換していきます。自分たちはそのような時代に生きていると認識しつつ、湛山は次のように断定するのです。ちょっと長くなりますが、引用しますと、「もっともこの反動的保守主義は、いかに国粋保存を主張するといえども、まさかに軍隊の鉄砲を取り上げて、再び鎧兜弓矢の軍隊にするわけにはいかなかったと同様に、国民の生活の実際的方面、例えば産業組織等においてはやはり西洋流のやり方を学ぶよりほかはなかったので、彼らはここにいわゆる和魂洋才なる言葉を発明し、女子教育においても、女大学主義を緩和していわゆる良妻賢母主義というものを造った」。


 要するに、近代化が必然的に求める個人主義に対して、どこまでも家や家族を単位とした価値観(具体的には「家長の権威」や「男尊女卑」)を守りながら、しかし近代化の果実である工業化や産業資本主義を推進しようとするところに、「落としどころ」として良妻賢母主義という女子教育観が出現したのだ、というのです。しかしそのような中途半端な考え方は破綻せざるを得ない、と湛山は指摘します。再び引用しますと、「良妻賢母主義とは、換言すれば汝らは母たることを以て唯一無二の職業とせよ、しかしただ時勢が昔とは違うから、新しき学問と知識とを持てる妻たり母たれよと教える主義であるが、しかしこれは到底行われぬ相談である」、というのです。社会自体が家を単位とする構造ではなくなっていて、男性であっても自由競争の中に投げ込まれ、生活の保障を失っている世の中にあって、その男性の妻や母であることが唯一無二の職業であることなんかできるはずもない、という批判は、実に論理的で説得力を持ちます。


 このような議論が、百年以上前に行われていたのには驚嘆しました。当時の女性が置かれていた状況は、現在のそれとよく似ています。一言でいえばそれは、結婚難と社会進出です。そしてこの両者は密接に結びついています。未婚化・晩婚化は、どうしても女性の経済的自立の必要を迫ることになります。加えて、従来の家庭内労働の外在化や女性に担える新たな職業類型の登場も共通しています。所得水準と物価とのギャップが拡大し、未婚・既婚を問わず女性の労働による家計支援が必須となっている点も同様です。
 そうだとすると、私たちもいま一度、湛山の主張を問い直してみる必要がありそうです。


学長 池田 明史