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12月13日 礼拝奨励35

「敬神奉仕」と「敬天愛人」
コヘレトの言葉 12章13節


 すでにこのチャペルでも何度となくお話していますように、本学およびその土台となっている東洋英和女学院のスクールモットーは、「敬神奉仕」の四文字です。今年は、建学の精神を表すこの学院標語が制定されてから、90年の節目の年に当たるそうです。90年前と言えば、1928年すなわち昭和3年になりますが、それは一方ではいわゆる大正デモクラシーの成果として最初の普通選挙が実現した年であり、同時に国家主義が台頭し、満州事変という形で軍部の暴走が目立ち始めた年でもありました。現在われわれが目にする多くの私立学校の建学の精神の、いま流行りの言葉でいう「見える化」にほかならないスクールモットーの制定もまた、この動乱の時代に整えられたもののようです。

 本学の姉妹校の一つである山梨英和の学院標語は「敬神・愛人・自修」ですし、似たような来歴を持つ神戸女学院のそれは、「愛神愛人」です。かつて名古屋英和という名前であった現在の名古屋学院大学のスクールモットーは、「敬神愛人」です。いずれの標語も、その根拠となる聖書の箇所は、福音書の別はあれ、基本的には同じところから採っています。前期の一連のここでのお話で言及しているように、いわゆる共観福音書の三つのうちのそれぞれ同じ文言、とりわけマルコかマタイかのいずれかに拠っているということなのでしょう。

 しかしそれらの中に、同じような響きを持ちながら、やや異色とも思えるものを一つ発見しました。それは、「敬天愛人」という標語です。この言葉自体は、広く世の中に知られておりますから、聞いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。ただ、キリスト教学校の標語としては、違和感を覚える人もいるかも知れません。いま、大団円を迎えようとしているNHKの大河ドラマ「西郷どん」の主人公、西郷隆盛が晩年とりわけ好み、現在でも彼の人生と結び付けられて理解されることが多いのが、この四文字ですから。ですが、「敬天愛人」というモットーは、俗説とは異なり、決して西郷の造った言葉ではありません。それは、幕末から明治初期に翻訳され、知識人を中心に盛んに愛読されたサミュエル・スマイルズというイギリス人の著書、'Self Help'(邦名「西国立志編」)の一節が出典だという説が有力です。大英帝国を始めとして、当時のヨーロッパは、いまで言うところの「帝国主義的膨張」の時代で、植民地の獲得や勢力圏の拡大に向けて、競って海外へ進出していました。新たに領土を支配して、その土地やそこに住む人々からさまざまな形で搾取をはかるというあからさまな帝国主義の野望を隠蔽し、ある意味で正当化する機能を果たしたのが「キリスト教の伝道」という美辞麗句であった側面を見逃してはならないでしょう。西郷たちが起こした150年前の明治維新は、このままだと日本は欧米の帝国主義に飲み込まれてしまうという危機感や焦燥感に駆り立てられた結果だということになります。

 それでも、西郷たちは欧米帝国主義の背後に介在するエートスとは何かについて常に考え、必要に応じてこれを受け入れ、一歩進んで積極的に取り入れることによってその脅威に対抗しようとしたわけです。「敬天愛人」という言葉も、当時の大英帝国の繁栄を支えたキリスト教的エートスを表現したものと考えてよいだろうと思います。これを西郷たちは、自分たちの価値規範や倫理観に照らしても不都合がないと、適合的に理解しようとしたのです。

 南洲遺訓24条に、「敬天愛人」の西郷による具体的な解釈が示されています。「道は天地自然のものにして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛するなり」。現代語にすると、「道というのは、この天地のおのずからなるものであり、人はこれにのっとって行動すべきものなのだから、何よりもまず、天を敬うことを目的とすべきである。天は他人も自分も平等に愛したもうから、自分を愛する心を以て他人を愛することが大事である」というほどのことになりましょうか。
 「天」を「神」に、「他人」を「隣人」に、「愛する」を「奉仕する」に読み替えれば、「敬天愛人」が各地のキリスト教学校の建学精神や学院標語と並べても違和感はないと思うのですが、如何でしょうか。


学長 池田 明史